●西堀榮三郎(1903−1989)
南極・ヒマラヤ探検のパイオニア。
京都のチリメン製造問屋の三男。11歳のとき長兄に連れられて観た『白瀬中尉』の
映画に感動し、南極への夢を抱く。旧制第三高等学校、京都大学の学生時代に
今西錦司らと日本アルプスの登山で活躍した。のちに京都大学学士山岳会を創設。
京大・東大合同スキー合宿「雪山賛歌」(作詞・西堀榮三郎で登録)が生まれる。

1935年、朝鮮半島北部の白頭山に遠征するなど、海外における学術登山の先鞭を
つけた。1952年には、日本人として戦後初めてネパールを訪問。ヒマラヤ登山の許可
交渉にあたり、マナスル登山のきっかけをつくった。
1957年から始まった日本の南極観測では、54歳で初代越冬隊長をつとめた。
1973年、京都大学のヤルン・カン遠征隊長。1980年、日本山岳会のチョモランマ
(エベレスト)登山隊の総隊長として登頂を成功に導いている。
研究者としても、戦後日本での品質管理などの分野でパイオニアとして知られている。