●トウゾクカモメの焼き鳥パーティ。南極にも暖かい日があり、そんな日は野外パーティ
を楽しんだ。でも、トウゾクカモメはあまり美味しくなかったようだ。ペンギンはもっとまずく、
アザラシは美味しかったという。後ろに見えるのは梱包用の木箱を積み上げて作った
通路。ブリザードがふくと外を歩けなかったため、あるだけの材料を工夫して通路を手作り
した。
南極ではこうした創意工夫が欠かせなかった。あるとき、越冬半ばにして真空管のスペア
が足りなくなったと告げられた。「どうしまひょか……」という通信士に、西堀はどういう状態
で真空管がだめになったのかを尋ねると、フィラメントが熱で変形して真空管の寿命を早
めていたことがわかった。それなら、フィラメントをもとの形に戻せばいい。真空管を逆さま
にして少し強めの電流を流すと、フィラメントはやがてもとの形に戻り、再び使えるように
なった。それで、あるだけの真空管を再生しながら越冬をのりきった。



●南極観測船「宗谷」が出航するときの見送りののぼり。


●本誌『BE-PAL』では、1981年12月号で「第23次 南極観測隊の持ち物!!」と題して
超ヘビーデューティ装備全カタログを掲載している。西堀の時代から20年経たこの
ときには、装備、ウエア、輸送技術が格段に向上したお陰で、極地に居ながらも
日本と変わらない生活を可能にしていたことが伺える。