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想像を絶する“雪掘り”! 復興はまだまだこれから
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2月10日から中越元気村に出かけ、雪下ろしのボランティアをしてきました。3連休とあって中越元気村には全国から100人以上のボランティアが集まり、活気に満ちていました。60才以上の年配のグループもいれば、高校生、中学生もいます。僕が『BE-PAL』や『山と渓谷』などに書いた記事を読んで参加した方も何人かいて、光栄に思いました。
雪下ろしに出かけた先は、中越元気村が関わっている小千谷市山間部の塩谷地区です。この地域の住民は全員が市街地の仮設住宅に暮らしており、週末しか立ち入りが許可されていません。その理由は塩谷へ向かう道路が震災の影響によって雪崩の危険性があるからで、平日にどれほど雪が積もろうとも、住民は週末まで雪下ろしに出かけることができないのです。集落の手前まで車で出かけ、そこから先は除雪されていない雪道を、住民は雪上車で、ボランティアの人々は2kmほど歩いて塩谷地区へ向かいます。このとき役立ったのがスノーシューです。僕の呼び掛けにアウトドアメーカーの『モンベル』が応じて提供してくれたのですが、雪に埋もれた民家にアプローチするときなども、大変役立ちました。
話には聞いてましたが、現場に足を踏み入れて積雪量のすさまじさに驚愕しました。ひどい所は、二階建て民家の屋根が目線と同じ高さにありました。足元の雪を掘って2階の窓をこじ開けなければ、家の中には入れないのです。今年は19年ぶりの大雪とのことで、倒壊してしまった家が何軒もありました。ただでさえ雪下ろしが必要なのに、震災で半倒壊の状態に豪雪が積もったらひとたまりもありません。大地に苦しめられ、天からも苦しめられてる住民の心情を思うと、自分たちが少しでも役立てばという心が自然と芽生えます。
塩谷地区に出かけたメンバーは約30名で、チームを編成して、ひとりで雪下ろしをしている家に声をかけて作業を手伝いました。中越地方では「雪下ろし」とはいわず、「雪掘り」という言葉を使いますが、その理由は作業を実際に行なってみて理解できました。屋根に積もった新雪を下ろすより、屋根から落ちて積み重なった重い雪を掘ってどかすほうが、はるかに大変なのです。
人数が多かったし、冬山経験者もいたために明るく作業ができましたが、雪掘りを体験してあらためて思いました。雪が積もってからというもの、被災地は復興作業がまったく進んでいません。今は震災の被害を豪雪が覆い隠している状態なのです。我々ボランティアが手伝っている作業は復興ではなく、マイナスに向かっている現状を多少なりとも食い止めているだけに過ぎないのです。復興に向けて本格的に人出が必要になるのは、震災と豪雪のダブルパンチの惨状が露になる雪解けの時期からではないでしょうか。
そこでみなさんにお願いします。行政のボランティアセンターが事実上閉鎖されたのちも活動を続けている、中越元気村を支援してください。直接足を運んでボランティア活動に参加していただくのはもちろん、それが無理な方は義援金や物資を中越元気村に送ってください。
中越元気村はスポンサーとなる企業もなく、活動に共感してくださる全国の人々の支援によってのみ成り立っている稀なボランティア団体です。活動資金がなくなれば、存続できないのです。被災者を援助し続けている中越元気村を支援することも、結果的に被災者へのボランティア活動になるんだと理解してください。どこにいくら使われているのか、用途が不明な災害義援金に協力するよりも、中越元気村に寄付するほうが有意義だと僕は思います。みなさんの協力に期待します。
(バックパッカー/シェルパ斉藤)
※シェルパ斉藤のホームページに、別バージョンのボランティアレポートが掲載されています。
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