 |
 |
水位高低差20メートル! 北海道・糠平湖氷
|
この湖を初めて訪れたのは随分昔のことだ。日本国有鉄道の蒸気機関車が姿を消す運命を身近にして、SL撮影にうつつをぬかしていた時代のことだから、かれこれ40年も過去のことになる。十勝三股までまだジーゼルカーが走っていて、何度か挑戦した。そのころすでに糠平温泉は現在の場所であったが、まだダムは完成していなかったように思う。上士幌町から音更川をさかのぼり、途中から川の左側を通りダムの左手にある広場で夜を過ごした記憶がある。
何年後かに訪ねたときダムの上を走れることにいたく感動した記憶も、意外に新しい感じで残っている。鉄道の消えた糠平湖の魅力は薄れ、素通りしてひと山超え「然別湖」の紅葉の撮影に毎年通い続けた。そのうち三国峠が開通になり、たびたび層雲峡への近道としていたが、旧音更線への興味も鉄橋への興味もないまま過ごしてしまっていた。新聞記事などで湖底の筈の切り株の上に巨大な氷盤が乗っかった写真を見ることがあったが、それにもまた興味はなく見過ごしていた。2005年2月18日、仕事で近くを通りかかったときふいに思い出して寄ってみた。
国道273号線、層雲峡方向から来て左手に糠平湖がちらちら見えるようになる頃、道路脇に一目瞭然ワカサギ釣りの数台の車が止まっていて、そこが湖水への入り口であることが分かった。小さな案内板もある。早速わたしもそこから湖へ向かって歩き出すと前方から明らかな観光客の一団がおぼつかない足どりで雪を踏み固めた小道を帰ってくる。すれ違い様「橋は遠いですか」と聞くと「ええ結構ありますよ」と言いながら、立ち止まりもせず寒さに震えながら車に駆け込んだ。「橋」とは「幻の橋」と呼ばれている旧音更線の「タウシュベツ川橋梁」のことである。冬から夏にかけて現れ、秋には水没すると言われている橋のことで、一度はみておかなければいけないナ、と思いつつ押せ押せになっていた物件だ。
森の中へ一歩踏み込むとすぐに国道なりに走っている鉄道跡があり、それを超えるとうねうねとした軽い下り坂の小道が続き、ややしばらくして前方が明るくなり糠平湖が現れた。私は思わず立ち止まってしげしげとその不思議な世界に見入った。長い間写真の世界で生活をしてきて、このような風景に出会ったことはあっただろうか。北緯43度の太陽は低く、まだ2時を回ったところだと言うのに、すでに夕方の匂いさえ感じる。
国道から続いていただらだら坂の道は更に下に続き、はるか100メートルも向こうに湖面であろう白い凍結した平面が見え、黄色いワカサギ釣りのテントが5〜6張りある。その中からソリを引いた2人がこちらに向かって歩いている。釣りを終えた人のようだ。歩いてくる人から目を離し、まわりをじっくりと観察した。
自分の立っているところは明らかに林の際にある丘の上で、湖はかなり下に見え道は浅い谷間を通って湖に至っている。周囲はなだらかな丘陵になっていて白く雪が降り積もっているが、様子が少し違う。雪をかぶった丘陵の優しさがない。よく見るとそれは厚さ3〜50センチもある氷が丘陵の形のまま、割れたり張り出したり大きな口を開けたりして張り付いているのだ。
「どこかで見た風景だ」突如、戦後開拓の開拓地を思い出した。原生林の木を売り尽くしたあと、荒れまくった土地の切り株を引き抜きネコの額ほどの隙間に、ジャガイモやソバを植えて飢えをしのいでいたあの厳しい残酷な時代が蘇った。しかし、あれとは違う。あの風景よりもっと荒々しい。長い写真家生活の中でも初めて見る荒涼たる風景にしばらく圧倒されていた。
私の立っているそこが秋には湖畔なのだ。夏から溜めていった水が秋には満水となり冬の入り口で結氷する。氷の厚さが3〜50センチにもなった頃水位が最大20メートルも下がる。水面に浮くようにしていた3〜50センチもある氷だが、張力だけでは持ちきれずどっと落ち込み、そのときこのような風景を作るのだろう。
切り株の上に乗っかっている氷のオブジェまるで下から切り株がせり出して来たかのような奇妙な割れ目。折れた氷の断面に見る不思議な文様、北海道遺産に指定されている幻の橋梁「タウシュベツ川橋梁」、帰路国道から見たオッパイ山に当たる夕日の色にはホッとさせるものがあった。
(北海道在住/藤 泰人)
|
|