 |
 |
ダムに沈んだ森と鉄道の記憶
|
巨大な「きのこ氷」に惹かれてこの湖を訪ねたのは平成17年3月『17/3/17配信の「高低差20メートル糠平湖の冬」』のことであったが、撮影中何時の日かこの湖底を渇水期に訪ねてみたいと思っていた。
19年7月7日、かなり水は引いているだろうと、かねてからの思いをかなえるべく糠平湖へ向かい、早朝のタウシュベツ川にかかる「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋(1987年全線廃止)」の見える林道に車を止めた。
早朝3時30分、やっと一帯が白々と明るみを帯び、眼下に北海道遺産に指定されている「コンクリートアーチ橋」を確認することが出来る。湖水と一体化している河口は鉄橋の両側一杯に広がり、対岸の山には朝霧がたなびいている。ダムの水が増水してくると沈んでしまう、と言うがどうやら本当のようだ。
日の出寸前に一枚撮影し、朝食を済ませ湖畔へ出てみた。眼前の傾斜には踏み跡があり、難なく川原へ降りられる。
鉄橋の左端を回るとその奥に糠平湖の全体が広がり、遙かに巨大木の森林であったと思われる切り株が湖岸や湖水の中に見えかくれしている。ウグイスが勢いよく鳴いているのが耳に痛いほど全体が静かだ。快晴の夏空は思いっきり青く、湖底だった筈の湖岸はだだっ広く、とても清々しく快適である。
振りかえるとニペソツ山(2013m)が堂々たる山岳の偉容を示し、視線を移すとウペペサンケ山(1835m)が優しい姿で、前に三角錐の小山を大小五つも従えて美しく湖にその姿を映している。
更に進むと切り株が水の中に沈みかけたり、まだ湖岸に露出したりして、波ひとつ無い湖面を飾っている。
ここで初めて私が見たかったものが何であったのかが、明確に意識の中に戻ってきた。ひとり感動の中に閉じこもり、人影も見えない、消えては現れる湖底の静まりに陶酔しながらも、遠い昔の糠平湖に思いを馳せていた。
東大雪の深い原生林、伐り開いて行く男達の声、地響きを立てて倒される倒木の音、運材のトラックと蒸気機関車の轟音、驚きあわてふためく野生動物たち、やがてダムが作られ昨日までの大自然の楽園は湖底に沈んだ。
その湖底に佇んで思いを巡らせば、今も世界中で繰り広げられている人間によるわがままな略奪産業だ。森や動物たちにかけている迷惑さと、やがてそれが己に向かってくるであろう危機感と愚かさとが胸に迫るのである。
(北海道在住/藤 泰人)
|
|