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北海道初 常呂(ところ)、標津(しべつ)の
遺跡群世界文化遺産に名乗りを上げる


●「第54回さっぽろ夏まつり」がただいま開催中です。盆踊りやフードスクエア、バザールなど、大通りが賑やかに埋め尽くされます。8/20(月)まで。
 7月21日北海道新聞の朝刊を見て驚いた。北海道遺産にも指定されているが、まさか世界文化遺産に挑戦とはまた大それた、と大あわてで常呂町(ところちょう)へと飛んだ。私の家からはおよそ100km、2時間足らずで到着する。常呂町栄浦、と言えばサロマ湖の夕日で有名なところだ。
 そこに遺跡があるのはおぼろげに知っていたがそれほどのものとは考えも及ばず、いつも素通りしていた。

 場所は東急リゾートホテルの道路向かいにある大きな駐車場が目印。左手にはこれまた名高い「民宿船長の家」がある。
 すぐには分かりにくい森の中に円形の「ところ遺跡の館」があり、まずここで少し勉強してから歩くと良い。とても気の利いた女子職員が9分間のビデオを推薦してくれる。

 「遺跡の館」の裏手、歩くほどもなく「1号復元住居」に着く。2戸建ちで、一方の大きな建物からけむりが出ていた。中へ入ると中央に炉があり、いろりの火がちろちろと炎をあげているが、家中に充満したけむりが暗い室内を更に暗くしている。昔の人たちは煙くなかったのだろうか。天井の明かりとり兼、けむり出しの窓が幻想的な様子を見せている。
 壁際にはベッド式の寝間があり、居住人数は推定15人から20人程度らしく、またアイヌ民族の家の構造を参考にした、とされている構造は擦文時代(約千年前)となっている。

 更に進むと続擦文時代(1800年前)の「6号復元住居」があり、少し雰囲気が違う。建て方は同じようだが、寝間と思われるところには細い木の枝が敷き込まれていて、そこにワラや枯れ草、毛皮などを敷いて寝たものらしい。外に出るとクルマユリが咲いていた。1800年の昔もやはりここに咲いていたのだろうか。

 環境はよく手入れされていてとても気持ちよく散策できる。北海道旅行のついでに、オホーツク海を自在に行き来して生活をしていた謎多い北方民族の一面に触れるのもいいかも知れない。

(北海道在住/藤 泰人)


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◇◆参考◇◆

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