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【定年釣り師からの手紙】10月 秋の里川(さとがわ)


●佐賀県唐津市で、11/2(金)から、おまつり「唐津くんち」が開催されます。鯛、兜、獅子、飛龍など、豪華で個性的な14台の曳山が、街中を練り歩きます。
 岩手の川釣りは、9月いっぱいで終る。あとは来春の3月まで、待たなければならない。だからといって嘆き悲しむことでもないが、ちょっと困った事がある。
 それは、エアービーパルへ掲載するネタがなくなることだ。川がだめなら、海や湖もあるじゃないかと言われそうだが、冬の海は凍りつくような寒さで、波は高く荒れる日が多い。冬場の釣りは、辛く大変なのだ。

 9月30日の日曜日。澄み切った青空で、秋晴のいい天気だ。釣りの最終日にふさわしい、穏やかな日和ではないか。連れはなく独りだった。
 気が向くままに、ぶらぶらと川を歩きたかった。岩場の連なる谷川を、苦労して釣り上るのでなく、歩きやすい人家が見える里川で釣竿を振ろうと思っていた。できれば美味い蕎麦(そば)を食べて、帰りに温泉にも入りたい。もしかすると、泊りになるかもしれない。
 民話の里、遠野の川で釣りをしたら、花巻の山あいにある温泉へ回る。という目論見なのだ。遠野の町並を抜け、山際の琴畑川(ことはたかわ)沿いを走ると日の光を浴びて、黄金色の稲穂が一面にきらめいている。まだ稲刈りが済んでない所が、ほとんどのようだ。

 時々車を止めて、川をのぞきこんだ。どうしたことか、釣り人の姿を見かけることはなかった。上手へ走り狭い橋を渡ると、川岸に一軒の大きな民家が見えた。庭先が少し広くなっていて、端っこに車が止められそうだった。一言断って車を置かせてもらおうと、玄関口から家の中へ何度か声を掛けたが応答はなく、しんと静まり返っている。留守なのだろうか。しかたがなく田んぼの畦道(あぜみち)に、車を頭から突っこんで止めた。

 風もなく暖かで、トンボのアキアカネが青空を舞っていた。一歩、また一歩と流れの中を、ゆっくりと釣り上っていく。足取りは軽かった。しかし、毛バリをくわえてくれる魚はいなかった。一度、岩陰から毛バリを追って、ちょろりと魚が顔を出した。小さなヤマメだ。それきりだった。川から土手に上がった。
 土手から民家に続く踏み分け道を行くと、ヤブの中に真っ赤な鬼灯(ほおずき)があった。子供の頃は熟した鬼灯を食べたし、女の子は中の種子を取り除いて空にして、口に含んでプー、プーと吹き鳴らすのが上手だった。

 一旦町へ戻り釜石方面への道を走り、上郷(かみごう)付近から右に折れた。狙いは早瀬川(はやせがわ)だ。
 目を見張った。早瀬川の流れが、ずたずたに壊れていたのだ。ヤマメやイワナの隠れ家であった、葦原(あしはら)の中洲が消滅していた。川岸はえぐられ、至る所深い流れが土砂で埋もれてしまった。きっと、あの9月の初めの大雨のせいだ。水害で多くの地域が、甚大な被害を受けたのだった。魚たちは、無事なのだろうか。とにかく釣竿を出してみよう。

 林の中を行くと枝にぶら下がった、アケビの実が口を開けていた
 増水した水で、なぎ倒された葦を踏んで、川岸に下りた。流れはきれいだが水位は低かった。毛バリを振っていくが、魚の気配はなかった。
 岸辺の緩やかな水たまりに、上手から流れ着いた胡桃(くるみ)が集まっていた。あちこちで胡桃が見つかる。釣り上って行くと、前方に何やら動く人影があった。一人のお婆さんが、川の中で胡桃の皮を剥がす作業をしていた。挨拶をして、大雨のことを聞いてみた。

「たんまげた。あんな雨はよ、生まれて初めてだな。川の水が溢れてよ、おっかながったな。魚、みんな死んじまったんでねぇが」
 お婆さんは、その時を思い出したのか一寸顔をしかめて、また胡桃を入れた箱を流れの中で揺すりはじめた。僕は大きく深呼吸して、上流へ足を踏み出した。すーと、風が吹き下りてきた。ひやりとした冷たい風だった。

(作家/村田 久)



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