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【定年釣り師からの手紙】11月 北海道を釣る(前編)


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 「こっちが終ったら、10月に北海道へ行きませんか。いいですよ。あっちは」
 岩手県で川釣りができるのは。9月いっぱいまでだが、北海道(一部を除く)なら、10月になっても竿を出すことができる。話を切り出した友人の高橋啓司君は、毎年夏と秋に北海道に出かけていて、釣り場の事情にも精(くわ)しかった。

 彼が車を運転するし、宿からフェリーのチケットまで、すべて手配してくれるという。僕はただ荷物のごとく、車に収まってさえいればいいのだ。これは、おんぶにだっこの殿様扱いではないか。こんな、おいしい誘いに乗らない手はなかった。
 そんなわけで、いざ北海道へ。ということにあいなった。一行は僕と啓司君、それにロッドビルダーの宇田清さん、千田さんとで気心の知れた4人の釣り仲間だ。

 10月1日。八戸フェリー・22時15分発。船室は4人ベッドの1等船室。ちょっと、ぜいたくな気分だ。とは言え、夜の船だから見えるのは暗い海だけで、ベッドにもぐりこんでるしかなかった。苫小牧の埠頭に着いたのは朝6時30分で、たっぷり8時間もの船旅だった。

 空は明るく大気は澄んでいて、すがすがしい北海道の朝だ。天気はいいし、楽しい釣りになりそうだ。わくわくして、ひとりでに顔がほころんでくる。車は東に向かって、広々とした風景の中を快適にひた走る。車内のラジカセから、聞き覚えのある曲が流れてきた。倉本聰のテレビドラマ「北の国から」のテーマ音楽だ。五郎さん役の田中邦衛が、どっからかひょっこり現れてきそうな雰囲気ではないか。啓ちゃんの心憎い演出に、釣りバカ面々の顔はニヤつくばかりだ。

 日高から、アイヌ文化資料館のある二風谷(にぶたに)を通り、道東自動車道経由の足寄(あしょろ)で下りた。阿寒湖畔を離れると町並みが途切れて、広々とした放牧地が現れてくる。牧草を貯蔵するサイロがあり、放牧された牛が草を食べていた。走っても走っても、牧草地が広がっている。冬場の飼料になるのだろう。あちこちに刈り取られた牧草が、袋に詰めこまれてあった。エゾシカ、突然誰かが叫んだ。
 刈り取られた牧草地の上で、2頭のエゾシカが遊んでいた。初めはそれカメラなどと騒いでいたが、ちょいちょいエゾシカが出てくるので、それほど驚かなくなった。

 途中でラーメンを食べ、目指す弟子屈町(てしかがちょう)に入りこんだのは昼を過ぎていた。ここに阿寒国立公園で、日本最大のカルデラ湖「屈斜路湖(くっしゃろこ)」がある。1時「クッシー」の名で、恐竜が生息してるといった噂のあった湖だ。

 今日から3日間、やっかいになる湖畔の温泉宿は後回しにして、まず釣り場の屈斜路湖に向かった。みんな釣りがしたくて、うずうずしていたのだ。湖の岸辺に車を寄せて、長靴を履き釣り竿を取り出し、いそいそと釣りの支度にかかった。啓ちゃんが、おもむろに言った。
 この時期、毛バリはカメムシだという。あの強烈な悪臭を放ち屁っ放り(へっぴり)虫ともいわれ、手で触れるのも嫌な虫だ。この虫を湖のニジマスは、大好物だというのだ。よく見ると、湖岸の倒木や水面に、カメムシが浮いてるではないか。カメムシに似せて作った、カメムシ毛バリは匂わないが、どうも妙な気分だ。

 もう紅葉がはじまっていた。色づいた森が湖面に映えていた
 4人は少しずつ離れた場所で、竿を振っていた。一番最初に大声を上げたのは、啓ちゃんだった。丸々とした見事なニジマスを釣り上げた。こっちは全然、魚の気配はない。 岸辺を歩いて移動していると、足元でなにか動く影があった。スルッ、スルッと石の陰に逃げこんでいく。石を剥がして捕まえる。啓ちゃんを呼んで、これなんだと聞いた。
 「内田ザリガニ」と呼んでいて、外来種だという。養殖されてたのだが逃げ出したのか、増えている所もあって問題になってるらしい。

 下手で竿を振っていた宇田さんが、出たっと大声を上げた。見ると竿先は、大きくひん曲っている。他の3人が駆けつける。魚はでかいらしく、なかなか寄ってこない。そのうち、スーと魚がおとなしく浮いてきた。
 宇田さん、ありゃといった顔つきをした。なんと釣れたのは、40cmを超えるハヤだ。がっかりしてる宇田さんには悪いが、ほれぼれするほど美しいハヤだ。

 しばらくカメムシ毛バリを放りこんでいたが、なんの反応もなかった。日が山の陰に沈もうとしていた。寒くなってきた。腰まで湖水に浸かり放しだった。
 「おーい。もう宿へ帰ろうよ」
 誰の返事もなかった。ガボッ、バシャッ。どっかで魚の跳ねる水音がしていた。

後編へつづく

(作家/村田 久)



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