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【定年釣り師からの手紙】1月 初釣り


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 「だめだぁ、海は大荒れだ。風があるし雪もちらついてきた。明日は船、出せねぇな」
 なじみの船頭から、船釣りはできないとの断りの電話が入ったのは去年の暮れだった。毎年12月の末になると、釣り仲間とこぞってナメタガレイ釣りに出掛けるのが恒例になっていた。地方名のナメタ、ナメタガレイとはババカレイのことをいう。

 岩手県南の地域ではナメタガレイは、昔からめでたい魚とされ、年越しや正月に煮付けとして食べる習慣がある。そのため暮れも押し迫ってくると、三陸産のナメタガレイの値段は跳ね上がってしまう。そんな高価なナメタガレイを買わされるのは、心外な話で釣り師の名折れでもあった。
 それなら、ナメタガレイ釣ってやろうじゃないか。と、まぁそんな同じ思いの仲間と、例年ナメタガレイを狙ってきたのだが、なかなか思わく通りに事は運ばないのだ。
 誰の竿にも、一匹も釣れなかった年もあった。そんな時は、港の魚屋に寄って各自ナメタガレイを買うはめになる。釣り船代、エサ代など含めると、ナメタガレイ一匹の価格はずいぶん高くついた。もちろん家族には買ってきたなどは言わず、知らん顔をきめこんでいた。

 年が明け年末のナメタガレイ釣りを逃した僕らは、初釣りの機会を狙っていた。
 風雪の日が続き、海沿いの天気も波の高い予報が多かった。どうも今年は雪の多い寒い冬になりそうだ。仲間はほとんどサラリーマンなので、決めた日取りは1月13日の日曜日だった。数日前から海辺の地方は、強風が吹き荒れていた。波が高く、とても船が出せる状況ではなかった。前日になって、船頭から連絡が入った。明日は少し風は残るが、波は治まって大丈夫だという。

 集合場所は、下閉伊郡山田町の田ノ浜漁港。風がないのは嬉しいが、凍りつくような寒さだ。仲間の一人が、マイナス6度だと教えてくれた。天気予報では、今年一番の寒さだという。6時出船。一行6人を乗せた船は、ゆっくりと船越(ふなこし)湾へ滑り出した。
 しばらくすると、しらじらと明るんできた地平線の雲間から、真っ赤な日の光が昇ってきた。日の出だ。どうかナメタガレイが釣れますように。と、日の出に向かって合掌する。
 船足が止まった。さぁ、いいぞ。船頭の掛け声で、いっせいにエサのイソメをつけた仕掛けを海底へ落した。一番初めに、誰がナメタガレイを釣るのだろう。竿先から、じっと目を離さない。まだ誰も声を上げない。
 いいかげん、誰かに魚信(あたり)があってもよさそうなもんだ。来たっ。背後で声が上がった。振り向くと、竿先がガンガン揺れている。でかそうだ。船頭は大物と察したらしく魚をすくうタモ網を手にしてる。ようやく、海面に魚影が見えてきた。素早く船頭が、タモ網ですくい取った。ナメタガレではなかったが、ごろっと太った見事なアイナメだ。それきり誰の竿にも魚信はなく。船頭は場所を移動した。

 やはり風が出てきた。時折、雪がちらついた。手の指が、かじかんで刺すように痛い。エサのイソメも凍って、死んでしまった。
 「おい、にぎり飯がカチカチだ。これじゃ食えねぇよ。まいったなぁ」
 隣にいるTが、あきれたように呟いた。

 波が高くなった半島の周囲を、船は巡りながら探っていく。何度目かの移動で、いきなり強い引きがあった。竿先が重い。ゴソ、ゴゾと竿先が引きこまれる。ふわっと魚が海面に浮かび上がった。ナメタガレイだ。船尾からも声が上がった。ヒガレイのダブルではないか。なぜか、急に魚が釣れ出した。あちこちで歓声が上がり、ナメタガレイ、ヒガレイが躍り上がった。
でかいナメタガレイに、つい寒さを忘れていた。そのうち、ぱたりと食いが止まった。釣れないと、寒さが身にこたえる。一段と風が強くなり、白く波がうねりはじめた。周囲の山から、雪煙が上がっていた。
 「止めー。止めー。これまでだ。帰るぞ」
 船頭が大声を張り上げた。海は大きくうねって風がごぉー、ごぉー唸っていた。

(作家/村田 久)



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