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あなたの故郷に原発ができたらどうします?
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あられが舞うある冬の日、ずっと気になっていたその場所に、私は初めて足を踏み入れた。瀬戸内海に浮かぶ美しい港町、山口県上関町に計画中の上関原子力発電所の建設予定地である。小さな入り江にボーリング調査の台船が建ち並び、海岸には沈砂池が造られ、クレーンなどの重機が待機する。着工に向けての調査中と聞いていたが、既にそこは建設現場のようであり、今更ながら本当に原発ができようとしていることを実感した。
白波の向こうには、今も根強く反対運動を続ける祝島の集落が見え、そのあまりの真正面さに言葉を失った。そしてこの14km先には、私が生まれ育った故郷があり、素潜りや釣りを楽しんできた海がある。
上関原発の計画が浮上したのは1981年。以来25年余り、推進か反対かで上関町は揺れてきたが、町長選挙では推進派候補者が毎回約6割の票を得て当選し続けている。用地買収などに関する裁判が現在も係争中だが、事業者の中国電力(本社・広島市)は、2010年の着工、2015年の運転開始を目指している。現在日本に計画中の原発のうち、いちばん最後の新規立地である。
私が上関原発のことを知ったのは小学生の頃。この地方では広島原爆の教訓を聞かされる機会も多く、無知ながらも「できなければいいのに」と思っていた。大学進学で上京してからは、たまに上関原発のニュースを耳にすることはあったけど、「何とかなるだろう」ぐらいにしか思っていなかった。
30歳を過ぎ、仕事も軌道に乗り、生涯の定住地を決める年齢になった今、ようやく現地を訪れて気づいたことがある。「ここに原発ができたら、故郷に戻るという選択肢はなくなるかもしれない」。万一の大事故におびえつつ、子育てができるか。放射能漏れはないという神話を信じて、この海の海産物を食べ続けられるか。貯まり続ける放射性廃棄物の行く末を気遣いながら、暮らしていけるか。私はそのリスクに真正面から向き合い、故郷を天秤にかけなければならない。
県内最少人口の自治体である上関町(計画浮上時は約7000人、現在は約3500人)には、原発誘致によってこれまでに約40億円の電源三法交付金がおり、着工すればさらに200億円前後の交付金がおりるとみられ、操業開始後は固定資産税の収入も格段に増える。それを見越してか、既に新しい公共施設が次々とでき、有名人を招いた大きなイベントが開かれ、周辺市町村との合併も早々と断った。近隣の漁業協同組合(祝島漁協を除く)は、中国電力と約125億円の漁業補償契約を交わし、漁師1人当たり5000万円ともいわれる金額の半分を既に受け取っている。
上関町が期待を寄せる「地域の活性化」という思惑通り、町は潤ったかにも見える。しかしその潤いは、故郷を離れて暮らす人々を呼び戻す魅力があるだろうか。これから故郷を離れる若者たちは、また戻ってきてくれるだろうか。
既に多くの発電所を有する山口県では、電力は不足していない。上関原発で発電される電力は、実質的には広島などの都市部へ主に供給されると考えられる。原子力爆弾で故郷を失ったヒロシマは、今、その原子力エネルギーに頼る社会を築こうとしており、一方では、隣県の田舎に住む人たちが故郷を失いかけている。このことを、多くの広島県民は認識していないのが現実だろう。世界唯一の被爆国である私たちの進む道は、もっと他にあるはずではなかろうか。
(山口の海と森で育ったライター/林 将之)
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