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【定年釣り師からの手紙】7月 おすそわけ
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7月に入った。鮎釣りの季節だ。
梅雨入りしたというのだが、一向に雨らしい雨は降っていない。川は渇水で一雨欲しいところだが、どうも空梅雨の気配なのだ。
雨は川にとって大切な栄養源なのだが、なかなか思わく通りには降ってくれないものだ。大雨になると水害の心配があるし、降らないと日照りや水道の水不足を引き起こす。たまに降る、ほどほどの雨はないものだろうか。
鮎釣りが解禁して野鮎を追ったのは2回だが、持って帰れない子鮎が数匹掛かっただけだった。川の水が減水していて、鮎の育ちが悪いようだ。たまに大きな野鮎が掛かる川もあるというが、出鼻をくじかれた思いでそれ以来川へは行ってなかった。雨でも降って、もう少し鮎が大きくなるのを待とうという気もあった。その合間にと、ほったらかしにして置いた、地震で崩れ落ちた書棚の本を片付けていた。
「アユ、釣れてないんですか。そろそろ初物の、おすそわけの時季なんですけど……」
書斎を覗きこみながら、カミさんが遠慮がちに言った。カミさんの言う、おすそわけには少し説明がいる。
釣りに出掛けるとなると、起きるのが早い。
夜明けと同時に船が出る海釣りなどは、夜中に家を発たなければ間に合わないことになる。隣近所は未だ寝静まってる頃に、ガタゴトやるのだから、きっと迷惑千万なことに違いない。それが、たまになら許されるだろうが、しょっちゅうとなると文句の一つも言いたくなるではないか。
「うちの人、いつも騒々しくてすみません」
「いいんですよ。あら、ダンナさん。今朝もお出かけのようですね」
たまに向こう三軒両隣の奥さまと、顔を合わせるカミさんのいたたまれない気持はわかってるつもりだ。だからという訳でもないが、以前から日頃の誼(よしみ)と迷惑料を兼ねて、釣り上げた旬の魚を隣近所におすそわけしていた。
春のヤマメ、イワナに夏の鮎。秋になると、カレイやアイナメなど。ところが何時も、魚が釣れるとは限らない。おすそわけできなかった年もあった。カミさんの不安は、ダンナが年を取るにしたがって、年々魚が釣れなくなってることにあるようだ。
こうなるとなんとかして、鮎を釣って来なければならない。それほど当てにならない、釣り人の情報を聞くより川へ走った方がいいのではと判断した。霊山、早池峰山の南斜面から流れ出る岳川(たけがわ)は、花巻市大迫町の町中で稗貫(ひえぬき)川と名を変え北上川へ注ぐ。この稗貫川が昨日の土曜日、解禁したばかりだ。
日曜日のせいか、大迫の町裏の流れには釣り人がびっしりと竿を出している。何処か空いてる場所はないかと、橋の上に車を止めては川を覗きこんだ。ここぞと思う場所には、釣り人の姿があった。
とうとう町はずれに来てしまった。川の方へと見当をつけて、田畑の中の細い道をたどると数軒家が現れ川の流れが見えた。
目の前が川で路肩が広くなっている箇所があり、車を止めるのは好都合だ。
集落の路地には人影はなく、暑い日差しの中ひっそりとしている。一軒の家の背丈の低い生垣の中に、真っ赤な実をびっしりとつけた木があった。おや、チャゴミ(ナツグミ)ではないか。失敬して、一つ摘んだ。甘酸っぱい、子供の頃よく食べた味がした。道端にスモモの木もあった。こんなに食べ頃の実がなっているのに、誰も採らないのだろうか。もったいない。この辺りの風景、どこか懐かしい気がする。
川岸に下りると、川幅の狭い流れが日の光にきらめいていた。水は澄んでいる。周囲を見渡しても、釣り人は見かけなかった。少し深い流れに、囮鮎(おとりあゆ)をもぐりこませる。鮎は苔類のついた岩や数個の石を、ナワバリに持つ。そこに他の鮎が侵入すると、猛烈に追い払おうとする。そんな鮎の習性を利用したのが「友釣り」で、ハリをつけた囮鮎が侵入者の役目なのだ。
と、ググッと竿先が引きこまれた。来た。
あれっ。プルプルと上がってきたのはカジカだ。鮎に仕掛けられたハリが、石の陰にいたカジカを引っ掛けたというわけだ。
上手に移動した。川岸を歩いて行くとハグロトンボが、ふわふわと舞い上がった。
石ころの多い、浅い流れに囮鮎を送りこんだ。いきなり、ダダーンと竿先が下流に引っ張られる。掛かった。野鮎に引きずられながら川原を下った。緩やかな浅瀬で、ようやく野鮎の走りが止まった。すらりとした美しい鮎だ。つかむと、いい香りがした。それから、立て続けに野鮎が掛かった。まるで夕立のような、激しい野鮎の追いだ。汗びっしょりで川原を行ったり来たりした。どのくらい経ったのだろうか。
ふっと、追いが途切れた。
久しぶりの大漁だ。これで、おすそわけができる。真っ青な空に、入道雲が湧き出していた。
(作家/村田 久)
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