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婚姻色に染まった幻の魚・イトウに遭遇


●日本最北の温泉郷、豊富温泉。もともとは石油の試掘坑から湧き出した温泉のため、お湯の表面に油膜がはってあり、当然ながら独特の石油の臭いがする温泉です。この温泉郷で地元客にも親しまれているのが共同浴場の「豊富温泉ふれあいセンター」。湯治客用の旧館と一般客用の新館があり、旧館のほうが温度が若干高めですが、泉質はどちらも同じです。成分は食塩泉で、アトピーによく効くと言われています。日帰り料金が420円というのもうれしい。
 日本最大の淡水魚イトウ。ワカサギやエゾウグイなどを主な餌とするフィッシュイーターで、川の食物連鎖の頂点にたつ。サクラマスやサケと違って産卵後に死ぬことはなく、20年以上も生き続けるといわれている。こうした一方で、「幻」という形容詞がついてしまうほど棲息が危ぶまれている魚でもある。産卵が毎年確認されている河川はわずかでしかないし、しかもその生息域の河川環境が必ずしも良好であるとは言えないのが現状だからだ。なかにはイトウの再生産そのものが危ぶまれている河川も少なくない。

 それではイトウはすっかり影をひそめてしまったのか、というと意外にそうでもない。生息数は危機的な状態かもしれないが、なにしろ大きく成長する魚だからなにかと目立つのだ。餌を狙って派手にライズしていることもあるし、岸沿いをクルージングしながら波紋をたてることもあり「ああイトウだな」と、その気配を感じることができる。しかしなんといって見応えがあるのは婚姻色で真っ赤に染まった雄のイトウだと思う。息を呑むほど美しく、堂々として、しかも闘争的だ。実物を見たとたんにイトウの魅力にはまってしまうだろう。

 婚姻色に染まった雄のイトウが遡上するのは雪解けのころ。北海道は今年、50年ぶりの大雪だったので雪解け時期がつかみづらかったが、5月上旬に道北地方へでかけてみた。目指したのは、全国からイトウを狙う釣り人が集まる有名河川の支流。雪解けが急速に進む4月下旬から5月にかけて、イトウが産卵のため、その支流に遡上してくるのだ。

 予め地図で確認しておいたポイントで車を留める。膝下まである長靴に履き替え、ザックにカメラと双眼鏡、それに熊よけスプレーを詰め込んでから、いざ森の中へ。固雪が残るこの時期、川辺まではかなり快適に歩くことができる。ところどころにエゾノリュウキンカやミズバショウが群落をつくり、陽差しをうけ輝くばかりに春の訪れを告げていた。

 このあたりの川幅は3メートルからせいぜい4メートルくらい。川は大きく蛇行して流れ、瀬と淵が交互に続いている。両岸はびっしりと笹に覆われ、倒木が川を塞いでいるところもあって、川の流れを複雑なものにしていた。

 川伝いに歩きだしてすぐに赤い魚を発見! イトウだ。大きさは80センチくらいだろうか。距離にして10メートルほどのところで悠然と泳いでいる。こんなに近づけるとは思ってもいなかった。慌ててザックの中からカメラを取りだしてレンズを取りつける。撮影しながら、そっと忍び寄る。こちらを警戒している様子はまるで感じられない。調子に乗って、さらに近づく。もう黒点をちりばめた頭も、逞しい上顎も下顎もバッチリ見える

 イトウは淵と瀬の中間あたりの流れが緩くなっているところを中心に定位していることが多く、ときおりあたりを威嚇するかのように泳ぎまわる。下流から別の雄が遡上してくると、互いに睨み合い、水中で激しく闘った。こうした風景はかっては北海道の何処ででも見られた光景だったはずだ。わずか百有余年で北海道は多くのものを失いつつあるが、森と川との密接な繋がりの中でしか生きられないイトウはその象徴のように思える。イトウを本物の「幻」にしては絶対にいけない。

(北海道在住ライター/東谷史郎)



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