 |
 |
つわものどもが夢の跡−−−川湯硫黄山
|
千島火山帯の上には硫黄山が多い。その中でも川湯硫黄山は一時北海道一の産出量を誇る有望な鉱山だった。この山は明治5年釧路の網元「佐野孫右衛門」によって発見され、明治10年より本格的に採鉱されたという古い歴史を持っている。
明治18年には後の財閥「安田善次郎」の手に渡り、北海道では2番目の鉄道を敷設し、10年ほどで掘り尽くされ、一時廃鉱となり、その後昭和38年まで活動していた。
「安田善次郎」はここで得た利益によって「財閥」となり、その後東京大学に「安田講堂」を作ったり「日比谷公園」の造成に政府の出資以上の寄付をしたりしている。この山が東大や東京の日比谷公園に浅からぬ縁を持つ山であることは間違いないようだ。
今は阿寒国立公園観光のひとつの要衝となり、ひきもきらない人の出入りがある。冬、この山を目前にした駐車場に車を置いて歩き出せば硫黄山から転がり出た岩に雪が降り積もりまるでたこ焼きみたいになっていたり、昨夜の冷え込みで立派な霜柱ができていたりしてとても楽しい。
さて噴煙に近づいてみると、遠くから見ていたのとは大違い、地球の底から吹き出るエネルギーは耳を聾する轟音と共に見るものを圧倒する。更に近づいてみると噴煙の出口には硫黄が付着し結晶となっているのが分かる。岩の割れ目から小さく吹き出しているところにも硫黄の山が出来ていたりする。摂氏100度を超える温度なのでしっかりとした注意が必要だが、ここまで接近してこの様子を見る事が出来るのは日本にはあまりない。貴重な地球のエネルギーの学習の場である。
駐車場の横にあるレストハウスの2階は過去の歴史の博物館のようになっていて、ひと休みしたりいろいろ学んだりすることが出来る。また、北海道で2番目の鉄道を走った機関車の模型(3分の1)が飾ってあって鉄子さんや鉄雄さんには興味あるものであろう。
遠い明治の時代ここから硫黄を採掘し製錬した硫黄を、丸い粘土の桶(おけ)のようなものに流し込んで固めた痕跡が残っている。これが海を渡り主に海外で利用されたようだ。
この硫黄山は5千年ほど前に噴火してその姿の大半を吹き飛ばしてしまったあとに、現在の山が隆起してきたものである。山裾に見られるその残骸から想像して線を書いてみたが昔はこのような山ででもあったのだろうか。「2重構造式溶岩円頂丘火山」と言い、更に五百年後山頂付近が爆発して「熊おとし」と呼ばれる噴火口を作った。
(北海道在住/藤 泰人)
|
|