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南極・昭和基地からの手紙・10 しらせ船上より
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わたしは今、南極観測船『しらせ』の船上にいます。13ヶ月半暮らした南極をあとにして、2月半ば出航しました。1年前、自分たちが昭和基地を離れる『しらせ』を見送ったように、今年は見送られる側となって。
ここしばらく昭和基地からお便りできなかったのは、わたしが3ヶ月間基地を留守にしていたためでした。昨年10月末から『日本スウェーデン共同トラバース観測』というプロジェクトに参加し、雪上車で南極大陸の内陸地方約3000kmを走破してきました。
南極大陸は分厚い氷で覆われています。この氷の層には地球の過去の気候変動の歴史を知る手がかりとなる情報が凍結保存されており、これを調べるといろんな事が分かるのだそうです。今回は、大型雪上車にレーダーやマイクロ波放射計などの機器を搭載し、走りながら氷や積雪の構造を調査しました。
内陸旅行中は、平均気温−30℃前後。昭和基地に比べ随分冷え込みましたが、連日快晴。低温のため、ダイヤモンドダストや太陽の周りのハロ、幻日、彩雲が頻繁に見られました。4台の雪上車がそれぞれ燃料入りドラム缶や食糧、観測機材を満載したソリを7台ずつ引き、時速7〜8kmで進みます。朝から晩までひたすら白い地平線に向かって走り続けますが、何時間走っても何日走っても全然景色が変わらず、大陸の広さを実感。南極大陸ではカタバ風といって大陸中央部から外側に向かって常時ほぼ一定方向に風が吹くため、雪の表面にはサスツルギという波のような模様ができていました。
途中、現在は無人となっているみずほ基地、ドームふじ基地を通過。われわれと同時期に 昭和基地と反対側の大陸沿岸にあるワサ基地を出発し、同様に雪上車ではるばるやってきたスウェーデン隊と合流したところで、乾杯。互いの雪上車を訪問して交歓会を行い、帰路につきました。
内陸旅行組が出かけていた間、昭和基地には春が訪れ、本格的な野外活動が始まっていました。昭和基地周辺のペンギン営巣地へ出かけてペンギンの数を調べたり、次期南極観測隊と『しらせ』を迎えるため基地内の除雪作業をしたり。作業の合間には、釣り同好会が念願のライギョダマシを釣り上げる、という吉報も。そして12月半ばの『しらせ』到着後は、昨夏同様、物資輸送作業や土木建築作業、野外観測活動など、短い夏期間をフル活用して、48,49次南極観測隊員も『しらせ』を操業する海上自衛隊員もみんな大忙しでした。
今後、『しらせ』は豪シドニーを経由して日本に向かいます。南極を離れた直後、皇帝ペンギンが艦の近くまでやって来て、われわれを見送ってくれました。その後は時々クジラが姿を現します。生物、海洋化学の隊員らは帰路もずっと海洋観測を続け、忙しい日々を過ごしています。その他の隊員は南極で疲れた体を休めたり、報告書をまとめたり。
帰国後は南極観測・研究の成果を発表したり、業務報告したり、各隊員が新しい生活を始め、忙しい日々を過ごすことでしょう。35人だけの緩やかに時間が流れていた南極から日本に戻り、すんなり社会復帰できるのか、少なからず不安もあります。でも今は、日本で待つ家族や友人の顔を思い浮かべつつ、それぞれの南極体験、思い出を胸に満たされた気持ちで過ごしています。
これまで『南極・昭和基地からの手紙』を読んで下さって、ありがとうございました。みなさん、さようなら。
(南極観測隊員/志賀 尚子)
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