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“スキーで歩いて南極点へ”ツアー顛末記18
88度を目前に ギブアップの危機


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 一日を24時間にとらわれずに行動するというのは、劇的な結果をもたらしました。1月の4日から12日までの間に300km近くを歩いたのです。今日は88度の補給に着く、そうしたら南極点まであと2度222kmを残すのみ。

 しかし気持ちはもう奮い立たちません。すでに疲労がたまりすぎていました。ジョンは下痢に悩まされ、消化器系に異常をきたしている様子。キャメロンの足は大きく腫れ上がり、新たなマメができて、スキーブーツの脱着に苦労している。酷い痛みに耐えきれず、モルヒネ入りの痛み止めを飲んでいます。そして私は……、もう余裕がなくなってきていました。

 前回、遠征が初めてのピーターやキャメロンたちと「どんなに苦しくてもこの遠征はたかだか60日間。一生続く苦労ではない」と話したことを書きましたが、もうひとつ。
 「肉体は疲労しない。精神が疲れることによって肉体は疲労する」
 これは研究されている事実のようです。精神状態が健全であれば寒さや不便や苦痛などものともせずに目的達成できる。しかし弱気に振れてしまえば、体もまた疲労と苦痛に負けて……。私は心が疲れていた。もううんざりしていました。

 2日ほど前から風が強くなっていました。風向きが東に変わり、どうやら私たちは南極点高原に上がったようです。高度はこの4日で1910mから2110m、2212mと上がってきて、今日はまた長い斜面を登っています。最後の休憩を早々と切り上げ、あと5kmちょっと、1セッションの距離のはず、とジョンはつぶやいて立ち上がりました。強い風が容赦なく吹き続けます。空は晴れているけれども、青さはすっかり褪せていて、白っぽいグレイ。この先は宇宙なんだろうか……。地表は吹き付ける強い風に乗って飛ばされてくる雪でけぶって、足元が見えにくい。気温は−22℃付近でも、体感温度はおそらく−40℃以下。
 手指の感覚がすっかり鈍っていました。足先は凍ったように冷たい。しかし止まるわけにはいかない、靴を脱いで温めたところでこの風の中、すぐまたつめたくなるし、体まで冷えてしまう。

 また遅れている。ジョンとキャメロンはかなり先まで行ってしまった。ゴーグルの中では、涙が流れていました。つらくてたまらない。一足ごとに苦痛が全身を痛めつける。それでも歩かなくてはならない、自分で望んで、自分で選んで、自分のために、やっていることなのだから。気弱になって、泣き言ばかり考えだそうとする頭を何とか説得しようとします。これを乗り越えれば補給に着く。テントを張って、少しは休めるだろう。すでにこの1週間ほどでかなりの距離を稼ぎ、1、2日の予備日まで計上できるほどでした。88度の補給に着けば、また24時間行動に戻せるだろうし、そうしたら楽になる、かもしれない。

 そんな気休めではもう納得しないほど疲れ切っていた。先行する2人はもう見えなくなっている。こんな状態で、極点まで頑張り抜けるものだろうか。補給でまた荷物が重くなる。あとどれくらい力が残っているか、わからない。明日には限界が私を襲うかもしれない。そうなったら、ツインオッターを呼ぶのだろうか。息が短くなっていました。吐く息とともに涙があふれる、心が悲鳴を上げている。もう、ダメかもしれない。
 足が止まる。いけない! 負けてはいけない! そういう声がうつろに響く。ごめんね、もうその励ましを聞けないかもしれないよ。

 でも前に行きたくて、機械のように踏み出した一歩は力がなく、がっくりと膝をついてしまいました。
 痛みよりも、苦しくて、悔しくて、泣いた。
 握りしめた手が、雪を、たたき、続けていた。
 こんなに、疲れていては、残り200km以上、到底無理だろう。

(登山家・ライター/續 素美代)



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