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発見から130年。『大森貝塚』を知っていますか?
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「ウォ、オオ……」とモースは眼を凝らした。それは、彼が1877年(明治10年)6月17日に来日し、二日後の19日に横浜から上京したときのことである。列車が道中の大森停車場を出発後、しばらくしたところで、線路沿い進行方向左手の崖に無数の貝殻が露出しているのを発見した。「これは貝塚である。間違いない!!」彼は確信した。
と、ずいぶん脚色を加えてしまったけど(スミマセン)、モースが大森の貝塚を発掘してから130周年目にあたる今年、品川歴史館(品川区立)で「日本考古学は品川から始まった−大森貝塚と東京の貝塚-」(10月14日〜11月25日)という特別展が開かれている。むかし社会科でモースと彼の発見した貝塚のことは習ったが、近所でありながら、これまで訪れたことはなかった。
まずは、モースというのはアメリカ人であるということを知った。勝手にヨーロッパ人だと思っていたから意外であった。そして、この頃ちょうどエドムンド・ナウマン(彼にちなんでナウマン象と名付けられた古代ゾウが有名。ドイツ人)やハインリッヒ・フォン・シーボルト(有名なフィッリプ・フォン・シーボルトの次男。こちらもドイツ人)も来日しており、彼らも大森の貝塚に注目していた。
だから、発掘の許可をとるまでは、先を越されるのではと彼は気が気ではなかったという。でも、東京府(当時は都ではなく府)から独占的な許可を得て、来日から三ヶ月後に発掘に着手する。とはいうものの、彼の来日の本来の目的はミドリシャミセン貝(腕足類というのだそうである)の研究であり、発掘ではなかった(アメリカで発掘の経験はあり論文も発表しているが)。
で、展示の中でなんといっても目を引くのが、貝塚の実際の断面を樹脂で固定して展示したもの。本物の貝塚の一部が見られるのである。よく見ると、いろんな種類の貝殻が層をなしている。これらに混ざって土器の破片や動物の骨も散見される。大森貝塚以外の貝塚の標本もあり、こちらも大きく迫力がある。本物の迫力というか。
もちろん、貝以外の発掘されたいろんなものも展示されていて、中でも注目すべきは、日頃は東京大学に保管されている土器類の本物であろう。これらには、きれいに描かれた2分の1のスケッチ画(正確な実測図である)も付けられている。
日本初の科学的発掘調査報告書“Shell Mounds of Omori”(大森貝塚)も展示されている。彼がここで用いた“Cord marked”が翻訳され「索紋」に、さらには「縄文」となり、今日我々が使っている縄文という言葉になったという。ちなみに、弥生というのは、弥生土器が発見された地名である。そう、モースは、死後、自分の著書や蔵書を教官をやっていた東京大学に寄贈している。親日家でもあったのだ。
展覧会場では、特別展の表題にあるとおり、大森貝塚に限らず、東京の貝塚が対象になっているので、他のいろんな貝塚からの出土品の展示もある。中には、縄文人の骨格や、丸木船といった珍しいものもある。
ところで、大森貝塚の位置であるが、今日定説となっている大森貝塚遺跡庭園以外に、もう一つ貝塚(こちらは貝墟という)があり、本家争いをしていたという。この石碑は今も本家のすぐ近くにある。モースが、発掘場所の地名(地番)を記してなかったのが原因であるが、その後、発掘のための補償金の公文書に添付されていた地図が見つかり、今の大森貝塚遺跡庭園が特定されることになったという。ヤレヤレと、縄文人も苦笑しているかも。
(ライター/守屋 裕司)
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◇◆「品川区立品川歴史館」DATA◇◆
住所:〒140-0014 東京都品川区大井6-11-1
Tel:03-3777-4060
Fax:03-3778-2615
HP:http://www2.city.shinagawa.Tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/hsindex.html
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4:30まで)
休館日:月曜日、国民の祝日(日曜日と重なった場合は開館)国民の祝日が月曜日の場合、その翌日
観覧料:一般100円/小中学生50円 ただし、特別展については別途(今回は一般300円/小中学生100円) 品川区立の小・中学生、70歳以上の方、障害者の方は無料
<交通>
・JR大森駅山王北口下車徒歩10分
・京浜急行立会川駅下車徒歩13分
・JR・東急・りんかい線大井町駅下車、東急バス池上駅・蒲田駅行にて、鹿島神社前下車徒歩1分
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