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連休中に大人も読みたい河合隼雄さんの児童書『リスト』


●本日の筆者、眞鍋じゅんこさんのブログはこちら。カメラマンの夫と2人で国内外を旅して見つけた小さな驚きや、東京周辺の普通の人たちが住む中古民家の素敵な写真満載です。近刊「中古民家主義」(交通新聞社)にまつわる写真展やスライドトーク&ミニツアー情報も掲載。毎日更新中。
 「またあの夢をみたのか……。」
 目覚めたとき、ふとそんな気持ちになることがある。見覚えのある場所、出会った気がする登場人物。何度も見る同じ夢。ここ数ヶ月、私はそんな体験を起きていながらにして繰り返した。いや、白昼夢というのではなくて、『リスト』に記された子ども向けの物語を、数十冊読んだだけなのだ。

 物語の主人公は、大抵がふとしたきっかけで田舎に預けられた少年少女だ。彼らは里親の他に知り合いもなく、1人で暇を持て余す。そしてぶらぶらするうちに「秘密の場所と不思議な友だち」に出会う。たとえば荒野や湿地に立つ洋館や小屋であったり、真夜中に扉を開けた時にだけ遊びに行ける裏庭。そこに住むのは同じ年頃の子どもたちや魔法使い。
 一冊だけでも充分に読み応えのある内容なのに、その『リスト』に従って次々に本をひもとくと、私は「また同じ夢」の中へ、たちまちのうちにさ迷いこんでしまうのだった。
 
 この感触は旅によく似ている、と、私は思った。初めての土地に訪れた時の不安と期待。見知らぬ人々の中で唯一話しかけてくれた土地の人とのふれあいに安堵する。かと思えば、草の揺れる音だけがあたりを取り巻く、茫洋とした荒野にさ迷い込んでは立ちすくむ……。
 そういえば私は子どもの頃から本が大好きだった。夫も同様で、この『リスト』にあるアーサー・ランサムの「つばめ号とアマゾン号」(岩波書店)などを読みふけった口だ。

 大人になって私たち2人は村や離島、アジアの少数民族地帯などを訪ね歩いているが、それはまさに「物語への旅」なのだなあ、と、今回児童書を読んで思った。「不思議な場所に訪れたい」、そんな旅好き、冒険好きな大人たちの好奇心の芽は、子どもの頃の物語に育まれたのかもしれない。

 ところでこの『リスト』を作成したのは、今は亡き心理学者の河合隼雄さんだ。氏はユング研究の第一人者として知られているが、臨床心理学者として、子ども向けの絵本や児童書、昔話などに興味を抱き、それらを臨床に活かしたといわれている。絵本や児童書と心理学を絡ませた著書も多い。
 実をいえば、生前の河合さんはおすすめの絵本と児童書を紹介する本を書かれる予定で、自ら100冊もの本を選定されていたのだ。

 当時はまだ文化庁長官の職にあって多忙を極めておられた氏は、この『リスト』を編集者に送り、それについての著作を退官後のお楽しみにされていた。私はそのお手伝いをさせていただく段取りになっていた。
 「河合隼雄さんにお会いできる」、そんなミーハーな気持ちで私はこの仕事を気軽に引き受けた。
 なのに河合さんはその直後に倒れられ、その後、帰らぬ人となってしまったのである。何の縁もゆかりもない私の手元に、『リスト』だけが残った。
 
 それから数ヶ月後、河合隼雄さんの最後の連載エッセイをまとめた追悼本「河合隼雄の“こころ”-教えることは寄り添うこと」(小学館)の出版が決まり、その巻末に河合さんが人生最後に作られた例の『リスト』が添えられることになった。
 もちろん氏の心理分析や感想を織り込むことは不可能なので、20数ページに渡って本の題名と各100文字ほどの内容を、私が記したに過ぎない。


 本当をいえば、この程度の本の紹介文なら手抜きをして、出版社から取り寄せたあらすじや目録をちょいとアレンジして書いてしまうことも可能だった。
 でも私はそれができなかった。河合さんが最後に残された「宿題」のように思えたのだ。
 さすがは河合さんが選んだ本は、どれもグイグイと引き込まれ、読後にため息が漏れるものばかりだった。こうして私は数ヶ月がかりで、河合さんが選ばれた本100冊のうち、92冊を各出版社にお願いして取り寄せ、来る日も来る日も読みふけったのである。(残る8冊は残念ながらすでに在庫がなかった)
 いつもは見知らぬ土地に旅をして文章を書くのが私の仕事だが、この『リスト』のおかげで家に居ながらにして旅のワクワクを味わえた。
   
 河合さんが選んだ本の中で、特に2つのテーマが印象深かった。
 まずは自然を描いたもの。実兄である動物学者河合雅雄さんの「少年動物誌」をはじめ、自然の素晴らしさを描いた絵本の「ふゆめがっしょうだん」(共に福音館書店)「鳥の巣みつけた」(あすなろ書房)などは、大人も目を見張る面白さだ。

 そしてもうひとつが冒頭に書いた「秘密の場所で友だちに巡り会う」物語なのだった。「思い出のマーニー」や「トムは真夜中の庭で」(岩波書店)、「クラバート」(偕成社)などを読むと、河合さんと一緒に「知らない世界への冒険」をしているかのようなワクワク感に満たされた。そして物語最後のどんでん返しは、いかにも心理学者が好みそうな驚きに満ちていた。河合さんはよほど、子どもの頃から心の冒険好きだったのだろう。

 こうして大人が読んでも面白い児童書と絵本の数々が掲載された『河合隼雄さんが最後に選んだ子どもの本のリスト』は、“意外なところ”に発表された。誰にも気付かれないのはもったいない。連休中、のんびり過ごす派にこの「心の旅の地図」の存在を、そっとお知らせしておこう。

 それにつけても100冊の絵本と児童書を、河合さんはどういうお気持ちで選ばれたのだろう。そしてどのような解釈をされたのだろう。とうとうそれを教えていただくことなく、昨年7月、この世を去られた。享年79。せめて夢の中でお会いして、絵本のよもやま話を伺えたら……。私は密かに願っている。

(生活を覗く文筆家/眞鍋じゅんこ、写真/鴇田康則)


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◇◆参考◇◆
河合隼雄の“こころ”-教えることは寄り添うこと」(小学館/税込1365円)
元文化庁長官でもあった河合隼雄さんが、病床に伏す直前まで月刊誌「総合教育技術」(小学館)に執筆された連載エッセイ集、内容は教員向けだが、わかりやすい文体と子どもをどう育ててゆけばよいのかが丁寧に描かれており、一般の大人にも是非読んで欲しい一冊。



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