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第3話
鉱石少年と蛍石
中元彩紀子 |
最終電車で故郷の駅に到着したのは、午前二時を過ぎた頃だった。誰もいない駅の改札を通り抜けたところに待ち合い室がある。ジー、という蛍光灯の無機質な音が、人気のない深夜の待ち合い室に響いている。自分の足音がやけに大きく感じる。
最後にここに来てからすでに十年以上は経つというのに、まるで当時と変わらない駅舎に、半ば呆れたような気持ちで佇んでいると、鞄の中からくぐもった携帯電話の音がなる。正太からだった。
「車の調子がおかしいんだ。兄貴の車を借りるから、適当に時間つぶしててくれよ」
待ち合い室の外へ出てみたが、辺りは民家や駐車場だけで深夜営業の店などはない。
「何もないんだな、ここ」
「国道まで出れば、ファミレスやらコンビニがあるんだけど、あ、だめだもう閉まってるか、ハハ」
いいさ、急げよ、と告げて電話を切ると、秋の夜の冷気が首筋をかすめた。秋とはいえ、盆地の夜はジャケット一枚では少々こたえる。待ち合い室のベンチに座ると、ズボン越しに冷たい温度が伝わってきた。寒さと退屈を紛らわそうと、壁に貼られた温泉地のイベントポスターなどを眺めていると、小学校舎の取り壊し作業の告知が目に止まった。ぼくの母校だ。
高校を出て、進学と同時に実家も東京に居を移したため、生まれ育ったこの街とはじきに疎遠になった。幼馴染みの正太とは時折会ってはいたが、学生時代も社会人になってからも、彼の方が東京へ赴くことがほとんどだった。ぼくの勤める会社は、教育機関や大型書店、雑貨屋などの小売店に、鉱石や化石などを卸している。小学生の男児なら一度は興味を抱く鉱物や化石から、大人になっても抜けだせなかったぼくと、家業の骨董屋を継いでから事業を拡大するために日々奔走している正太は、古いものを扱うという点では似通った道を選んだ。だからかどうかはしらないが、ぼくらは今でも気が合う。先週、正太から連絡があったのは、この母校の校舎の取り壊しの件でだった。母校の最期を見届けようというのだ。そんな感傷じみた誘いではあったが、妙にしつこいので承諾した。
小学校五年生の正太とぼくの放課後は、専ら裏山での探検や基地遊びに終始していた。ある時、ぼくたちの学級にマモルという少年が転校してきた。名字は覚えていない。小柄な色白の少年で、とても大人しかった。皆がスーパーカー消しゴムの所持数を競っている中で、彼はいつも分厚い本を持ち歩いていた。ある日の放課後、マモルがぼくたちに話しかけてきた。裏山には詳しいか、と尋ねるのである。詳しいもなにも、そこにはぼくらの基地がある。頷きながらも幾分警戒しながら、真意を尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「どんな石が採れるのかなと思って」
「石って」
「ざくろ石とか水晶とか」
そう言いながら、マモルは持っていた図鑑を開いて見せてくれた。そこには、様々な形や色をした鉱石の写真がずらりと並んでおり、その一つひとつについて彼は講釈を述べ始めた。
「この辺りじゃ、水晶が採れそうだね」
その鉱石少年は、その時からぼくたちの遊び仲間になった。
マモルは最初こそ、どこにでもころがっていそうな石を持ってきて、図鑑で見た無色透明の氷のような石が見つかると思っていたぼくたちを落胆させたが、翌日、彼が昨日の石だといって持ってきたそれは、透明の綺麗な水晶だった。砕いて耐水ペーパーに水をつけて磨いたという。半透明や透明、黒っぽいものや紫色のようなものもあり、小さいながらもそれらは十分にぼくたちを興奮させた。
「黒いのはね、自然の放射能で焼けたんだよ。もう少し熱を加えると黄色になる」
ぼくたちはその日から夢中になって、水晶探しに明け暮れた。石を家に持ち帰ると、信心深い母親や祖母に、石には念がこもっているからとの理由で叱られるので、戦利品は基地に隠すことにした。ある日、基地で作業をしていると、マモルがぽつりと言った。
「ぼく、来週からもう来られないんだ」
「来られないって」
ぼくと正太がびっくりして尋ねると、マモルは下を向いて手を動かしたまま、もっと空気のいい所に引っ越すんだって、と言った。もともと身体の弱かった彼は、療養に適した環境に移されるらしい。その頃マモルは時々学校を休むようになっていた。しかし、学校を休んだ日も、時折基地に顔を出していたから、彼がぼくたちの採掘や石磨きを眺めているだけでも、それが具合が悪いからなのだとは思わなかった。
「もう遊べないの」
そう尋ねると、彼はそれには答えず、すくっと立ち上がってズボンのポケットから何かを取り出した。
「なに」
「蛍石」
マモルの白い手の上に、緑色の小さな石が二つのっていた。
「外国産のいいやつなんだ。自然光で青く光るよ、ほら」
日なたへ差し出した手の上で、蛍石はうっすらと青色に変化し、結晶の鋭角な部分はさらに鮮やかに青く蛍光していた。
「これ、あげるよ」
「いいの」
「うん。今までありがとね」
翌週の朝、担任教師からマモルの転校を告げられても、ぼくたちは彼の不在をなかなか実感できなかった。その分、放課後のぼくらは幾分か言葉少なになっていた。それでも子供の感傷などというものはそれほど長くは続かず、ぼくらの採石遊びはしばらく続いた。何でもない石でも、虫眼鏡で覗き込むと、そこには山や崖、谷そして洞穴がある。さすがに、虫入りや水入りの水晶は見つからなかったが、石ころひとつでぼくらは、何万年もの時を想像出来、世界中の秘境を旅した。
待ち合い室でうつらうつらしていると、クラクションの音で起こされた。運転席の窓から正太が顔だしているのが見えた。助手席に乗り込むと、正太はにやにやしながら藁半紙をよこした。
「なんだよ、おまえの答案用紙じゃないか」
「そっちじゃない、裏だよ」
訝しみつつ裏を見ると、鉛筆書きの地図が書いてある。あっ、と思った。
「覚えてるか、昔埋めた宝の在り処だよ」
数分後、ぼくたちの通ったモルタル校舎が見える。地図に示されていたのは、裏庭のしいの木の根元だった。藁半紙をひらひらさせながら正太は言う。
「俺は基地に埋めたとばかり思っていたんだ。そしたらこいつが出てきた。取り壊しの前でよかったよ。マモルが知らせたんだな、きっと。マモルのこと憶えてるか」
「さっき何十年ぶりに思い出してたところだ。石は隠し場所どころか埋めたことすら忘れてた。マモルって死んだのか」
「さあな。でも薄情なやつだな、おまえ誰のおかげで今の仕事に就いてるんだよ。きっとマモルが知らせたんだな」
笑いながらそう言うと、正太はスコップで周辺を掘り始めた。なかなか見つからなかったが、久しぶりに二人で土を掘る感触は、ぼくらを少年時代へと誘った。夜明けになってようやっとそれらしき箱が土の中から顔を出した。ぼくたちは黙ったまま、その厳重に保管された箱を開けた。
中には、子供だったぼくらが必死になって磨いた水晶や、ゴツゴツした原石が当時のままの姿で納められていた。その中で、ひときわ鮮やかな色を放っているのが、蛍石だった。間もなくして陽は昇り、ぼくたちは手のひらに乗せた蛍石の青い光をずっと眺めていた。
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