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第4話
午后の酔芙蓉

中元彩紀子

 亡くなった祖母の手鏡が見つかったという連絡があったのは一週間前のことである。
 「キョウちゃん、来週取りにおいでよ。久しぶりにお袋も顔が見たいって」
 従兄弟の修治からの突然の朗報に、すぐにでも飛んで行きたかったが、あの叔母の芸とも言えるおしゃべりや、いらぬお節介に付き合わねばならないと思うと、昂揚した気分はすぐに萎えた。何せ、叔母の多弁ぶりといえば、立ち寄った信用金庫の営業マンが、彼女の生い立ちから今日に至るまでの系譜を空で言えるだけでなく、彼女の得意な詩吟を唄えるまでになって帰社するほどである。用事で信金に出かけた伯父がそれを聞かされたと言って、苦笑していたのを覚えている。叔母とも今年の正月以来会っていない。私の顔を見るなり、見合い話だの女の幸福についてだの滔々と弁をふるうはずだ。

 「大丈夫だよ。今度の土曜ならお袋、四時から市民会館でコーラスなんだ。昼過ぎからちょっと付き合うだけならいいだろ、」
 私が返答に窮していることで察したのか、笑いながら修治がそう言うので、こちらも苦笑しつつ承諾した。
 「ところで、手鏡、どこで見つかったの、」
 「蔵。それが、じいちゃんの箱ん中に入ってたんだよ。お袋が躓いた拍子に箱ん中で何かが落ちた音がしたんだって。で、開けたら芙蓉が見えた、と」

 祖母の使っていた芙蓉の鏡とは、漆塗りの手鏡で、裏面には螺鈿細工の芙蓉の花が描かれている。六年前に祖母が亡くなり、形見分けの際、何がいいかと尋ねられたとき、まっ先に思い浮かんだのがそれだった。ところが、どこを探しても見つからない。そのうち出てくるだろう、と言っているうちに誰もが忘れてしまっていたのだった。

 その手鏡は私の記憶の中では、いつも祖母の傍にある。私と二人だけになると、祖母は手鏡を取り出してよく私に言ったものだ。
 「いいかい、鏡子。あんたは殿方の前で鏡を覗くような娘にはなっちゃいけないよ」
 そして、祖母がゆっくりと白粉をはたく様子を、私はいつも螺鈿の芙蓉越しに眺めていた。だからか、祖母とその芙蓉の手鏡は記憶の中でつねに一対となっている。

 祖母は祖父が亡くなるまで、寝化粧を欠かさなかった人である。女の嗜みについて口煩い人といえば、何やら窮屈な昔女のようだが、むしろ祖母のそういうところは意外な面なのだ。庄屋の娘の気ぐらいの高さといえば、想像するだにかたくない。まだ女で自転車に跨がるものなど誰ひとりいない頃、祖母は町で最初に自転車に乗った女性だったそうだ。女学校を卒業してからは洋裁、和裁を学び、詩を嗜む反面、西鶴の好色ものなどを隠れ読んだりする娘だったという。ある時など、蔵の酒樽の味をおぼえ、ちょくちょく忍び込んでは失敬していたのが父親にばれ、大目玉をくらったらしい。「おまえのような娘は嫁の貰い手など見つからん。そんなに酒が好きなら粕漬けにでもなってしまえ」と言われ、「私は奈良漬けの方が口に合う」と応酬し、父親を唖然とさせるような娘なのだ。そんなお転婆娘に惚れ、芙蓉の手鏡をくれた男と祖母は一緒になった。後で、芙蓉の花言葉が「しとやかな恋人」であると知った祖母は、あれは嫌味だったのかもしれないよ、と笑っていたという。

 それらの話はみな、祖母の亡くなった後、叔母から聞いた話である。思えば、叔母と祖母は仲が良かった。嫁と姑の諍いなどは殆どなかったということは、母からも聞いていたし、祖母が亡くなった時の叔母の憔悴ぶりからも伺えた。無口な昔男ばかりの家で、たった二人の女だったもの、と叔母は言っていた。

 当日、祖母の家に着いたのは正午の少し前だった。表門からではなく、竹林から庭を抜けて玄関へ向かおうと足を踏み入れると、縁側に叔母が腰掛けているのが見えた。手許にはあの手鏡がある。ハンカチで鏡面を拭いているようだ。そして彼女が手鏡を覗き込むと、あの懐かしい螺鈿の芙蓉が見えた。叔母の姿が一瞬、祖母に見え、声をかけるのをためらっていると、やだキョウちゃんいたの、と叔母の方でこちらに気づいた。

 「ちょうど良かった。ほら見てごらん、酔芙蓉が咲いてるよ」
 叔母が指さす方を見やると、庭石の傍で白い花がいくつも咲いている。
 「酔芙蓉っていうの、」
 「芙蓉は五弁花で、これは八重咲きの酔芙蓉。おばあちゃんの花だよ」
 「どういうこと、」
 「酔芙蓉はね、一日のうちに花色が白から桃色、それから濃い紅に変化するんだよ。お酒呑みの顔がだんだん赤くなるのと同じ。ばあさんそっくりだって言って、おじいちゃんが洒落で植えたのさ」

 そう言って笑いながら花を眺めていた叔母は、急に、そうだったこれこれ、と手鏡を差し出した。
 「遅くなっちゃってすまないね。修治から聞いたろ、蔵の中だったんだよ」
 「おばあちゃん、なんで蔵の中なんかにしまいこんだんだろ」
 「そういや、今思えばおじいちゃんが死んだ時からとんと見なくなったもんねぇ」

 手渡された手鏡を、しげしげと眺めていてふと気づく。螺鈿の芙蓉は、うっすらと色づいた八重だった。祖母が、祖父の想い出の中に、それをしまいこむ光景が目に浮かぶ。
 「芙蓉の顔(かんばせ)なんて言ってね、美人を形容する言葉でもあるんだよ。おじいちゃんも粋だね」
 こんな時、いつになくしんみりとした口調の叔母に、連れ合いに恵まれるってことこそ女の幸せなんだろうねぇ、などと言われて誰が否定出来ただろう。うっかり、そうだね、などと言ってしまった時にはもう遅かった。にやりと笑った叔母が、いい話があるんだよと言い、どっさりと積まれた見合い写真を前に私がうなだれるまでそう時間はかからなかった。

 一人ひとりの写真を見ながらの説明と、昼食の時からずっと続いた女の幸せ講議にぐったりしているところへ、修治が顔を出したのは午後も三時を過ぎた頃である。
 「じゃあ行ってくるからね、キョウちゃんゆっくりしてって」
 コーラスへ出かける叔母を玄関で見送り、修治に遅いと文句を言いながら居間へ戻りかけると、庭から叔母の声がする。何かと思い縁側から顔を出すと、
 「そろそろ酔いが回ってきたようだよ」
 と言いながら手を振る叔母がいた。

 祖父が亡くなって三年後に逝ってしまった祖母は、その最後の三年間をこの快活な叔母に支えられていたのだ。あの手鏡は、叔母に持っていてもらおう。濃い紅に染まり始めた午后の酔芙蓉を眺めながら、私はそう思った。


 
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