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第17話
天井裏の石
中元彩紀子 |
トイレの天井裏から出てきたのは、アルマイトの箱に入ったたくさんの鉱石だった。義母が隠したのだ。いい年をしてあの人は、と夫は苦笑いするのだったが、それを発見したとき、義父はいつになく嬉しそうだった。
義母が亡くなって半年も過ぎた頃、義姉夫婦の娘である奈緒ちゃんが、おばあちゃんの形見が欲しいと言ってきた。それをいい機会だと言い、義母の持ち物を整理し始めたのは義父だった。それまではほうけたようになっていた義父だったが、自分のアイデアに膝を打ち、急に生き生きとその宝探しを始めたのだった。
「何せ、あいつは隠すのが上手だからね。離婚しなかったのは『夫婦の法律』なんて本の間に新婚旅行の写真が挟んであったからだ」
そう言いながら義父は、家中思い付く限りの場所をノートに書きこんだ。毎日一ケ所だけ、と決め、時には夫も一緒になって宝探しをする。私は義母が特に大事なものをトイレの天井裏に隠すことを知っていたのだが、あえて知らんぷりをしていた。
生前、病室で義母は言ったものだ。
「さくらさんね」
義母はいつも何か大切なことを言う時は、一度私の名前を呼んでからひと呼吸おいて話し出す。
「あなた、へそくりはどこに隠すの」
「へそくりはしてないんです」
すると義母は、なんだつまらない、と言った。そして急にいたずらな顔をして、「あたしはね、大事なものをいろんなところに隠すのよ」と言う。
聞いて欲しいのだろうと思って、どんなところですか、と尋ねると、誰にも言わないと約束させたうえで、耳打ちをする。
「庭、鉢植え、サランラップの芯の中、天袋、床下、柱時計の中、テレビの下、傘立ての裏、それはもうありとあらゆるところよ」
へえ、と感心する私に、でも一番大事なものはトイレの天井裏、と言った。
「どうしてですか」
「一番大事なものはえてして恥ずかしいものなのよ。トイレの天井裏なんて、見ようとしなきゃまず見つからないでしょ」
それをどうして私に教えてくれたのか、今なら分かる。でも、その時は隠してある物が何なのかということの方が気になった。
「そりゃ、人様が見たらつまらないものよ、でもね、さくらさん」
「はい」
「私を知る人が見つければ、それらはあたしが愛したものだってことがすぐに分かるのよ」
「はぁ」
「そして大事なのはね、とにかくいろんな場所に隠すってことなの」
私は何を思って義母がそうしているのか分からないでいた。
「だってすぐに全部出てきてしまったらつまらないじゃないの」
そう言って義母はころころと笑うのだった。
義母が末期の癌であると診断されたのは、昨年の秋のことだった。それまで風邪ひとつひいたことのない義母が、体の不調を訴え、やがて病院の担当医師から私達家族は呼び出された。話し合いの末、本人には伝えないでおこうということになったが、それより義父の憔悴をどうにかすることの方が骨が折れた。
義母は病室でも義父が訪れる時間になると、手かがみを取り出して紅をさした。特にほお紅は念入りで、どうかすると三文喜劇のおてもやんになりそうなくらいだった。あんまり貧相なのでは心配する、あの人は気が小さいからね、と義母は毎回言い訳をした。実際、顔を出すたびに、義父はその顔を見て吹き出していた。この義母という人は、いつだって子供のように邪気なくふるまい、苦しくてあまり口がきけない時は「眠い眠い」とささやくように嘘を言って目を瞑り、そばにいる者を気づかうような人だった。その人が、自分に残された時間を知らないはずはなかった。
「お義母さん、だいぶ元気だったよ、」
私はほぼ毎日夫にそう報告した。義母の体にまつわるよからぬ数値など伝えたところでどうにもなるまい。毎日病室に顔を出している私は、義母の気づかいをそのまま家族たちに真似てみせるしか出来なかった。
「言い忘れてたけどね、」
亡くなるちょうどひと月前、親戚が持ってきたヨーグルトを私にすすめながら義母は言った。
「あなたはいいお嫁さんだけどね、ひとつ注文がありますよ」
義母はにこにこ笑いながら、私の手をとった。そして甲をぽんぽんと叩きながら、「人生はびっくり箱です」と言うのだ。
「人生はあんまり深刻になってはいけませんよ。みんながおろおろしてる間に、ひとつふたついたずらをしかけるくらい余裕を持たなきゃ」
私が神妙に頷くと、義母も大きく頷いて、「帰ったらさっそく冷蔵庫の玉子に顔でも書いておきなさい」と言って笑った。それは義母のお得意のいたずらだった。なかなか子供が授からないことで気落ちしている私が、ある日冷蔵庫を開けると、そこには顔の描かれた玉子がずらりと並んでいたのだ。ニッカリ笑った顔の横にはご丁寧にも「あぁ寒かったー」と書いてある。ある時は、電子レンジの扉を開けると、「ばあ」と書いた紙を持たされた熊のぬいぐるみが入っていたこともある。そのたびに私や家族たちは吹き出してしまったものだ。
宝探しをする毎日は、義父にとっても誰にとってもただ楽しいものだった。義父の背広の内ポケットからは、義姉と夫のへその緒が出てきたし、庭のポストからはきれいな貝殻が出てきた。柱時計の中からは旧一万円札が数枚折り畳んでしまわれており、鏡台のカツラの中からは、奈緒ちゃんからもらったビーズの指輪やらネックレスが出てきた。ある日、やめていた日記を再びつけようと、義父がそれまでのページを読み返していたら、余白のいたるところに義母の書き込みが見つかった。向日葵畑へ夫婦で出かけた際の、「なかなか心地よい一日であった」という義父の記述の横には、「私もそう思った」とあったし、夫婦喧嘩をした折りの妻への愚痴には、「おとうさんの口の聞き方にも問題あり」と反論している。
「人の日記を勝手に、まったくあいつは」
と言いながらも、義父はひとつひとつを読み上げては笑った。義父と私達の宝探しは、まるで義母との交信のようなものだった。そうすることが、喪失の悲しみを上手くやり過ごす方法であると、義母は考えたのだと思う。自分の余命を感じとり、ふだんにも増していろんな場所にしかけておいたのかもしれなかった。
毎日毎日、いろんな場所からたくさんの物が出てきて、そのたびに私達は、それらの物について、また義母について話した。話すたびに、その人はもうここにはいないのだと知らずのうちに確認しあっている。けれど、それはちっとも悲しい時間ではなかった。
トイレの天井裏に気づいたのは義父だった。椅子を持ってこい、と言われ、私と夫が持って行くと、義父はわくわくしたような顔で天井へ手を伸ばした。ゆっくりと板を外し、懐中電燈であたりを照らす義父の手が止まった。
「ほらみろ、あったあった」
義父はアルマイトの箱と、小さな紙袋を持って椅子からおりた。居間へ移り、それらを広げる。果たして紙袋の中から出てきたのは、義姉と夫の小中学校時代の通信簿や、若い時分に義父から貰ったラブレター、ハンフリー・ボガードのブロマイドであった。一番大事なものはえてして恥ずかしいものなのよ、という義母の言葉を思い出して、私はくすりと笑ってしまう。
「なんだ」
「お義母さんね、一番大事なものはここに隠すんだって言ってたのよ。見つかりにくいからって。一番大事なものは恥ずかしいって言ってたわ」
「なるほど、確かに恥ずかしいよなぁ、これは」
そう言いながら夫が箱の蓋を開けようと力を込めていると、突然蓋はあき、中身がこぼれた。
それはたくさんの色鮮やかな鉱石だった。
夫は、なんだ石か、とがっかりした様子だったが、義父は一瞬真顔になったが、やがてにやにやしながら散らばったそれらを書き集めた。箱の底には、夫婦の写真が数枚入っている。
「父さん、それいつの写真」
「新婚時代に山梨の実家へ母さんを迎えに行った時のだよ」
「迎えに」
すると、義父は照れくさそうに頭を掻いた。
「ケンカしてあいつ、実家に帰っちゃったんだよ。それを迎えに行ったんだ」
「じゃあ、この石は」
「これは孔雀石、これは方解石、……薔薇貴石、虎目石、瑪瑙(めのう)、それからこれは何だっけな、ああ、針入り水晶、紫水晶」
一個一個を手の中で転がしながら、義父は思い出すように石の名前を言った。
「そうじゃなくて」
「ん、これな。ただ帰るのもなんだからって、鉱物の博物館みたいなところに寄ったんだよ。そのとき買わされたんだ」
「全部」
「ああ。別にエメラルドだのダイヤだのねだるわけじゃないんだからいいじゃないのよ、なんて言いやがってよ」
一番大事なものなんですってよ、とからかうと、義父は本当にひさしぶりに嬉しそうに笑ったのだった。それから義父は、彼女が一番気に入っていたという、薄青瑪瑙の石を私にくれた。
子供が出来たらしい、と分かったのはつい昨日のことだ。義父にも夫にも言っていない。まずは義母に報告へ行かねば。寺についたのはお昼を少し回ったところだった。見上げると、青く晴れた空に、雲がうっすらとたなびいている。私はポケットの中の薄青瑪瑙を取り出して、光りにすかしてみた。
「そっくり」
幾重にも重なった水色と白のコントラストは、どこまでも続いていた。
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