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オババの森の木登り探偵
平野肇 |
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森のなかは想像よりもずっと暗くて、おまけにじめじめしていた。
肩についたクモの巣をはらいながら、一歩いっぽ奥へ向かう。アブラゼミがやかましく鳴いている。そのうえのほうからミンミンゼミの鳴き声が降ってくる。
奇妙な形に曲がりくねった木、ごつごつと不気味な木、それらがふいに妖怪に見えてきて、思わず武者ぶるいをした。
「翔平、もう帰ろうぜ」
大倉がオレのシャツを引っぱった。
番犬のクロが死んだという噂が伝わってきたのは三日まえ。それからオレたちは森に入るチャンスを狙っていたのだ。
「手を放せよ」
「これじゃ泥棒みたいじゃないか」
「探検だよ」
オレがにらむと、大倉は覚悟したようにあとからついてきた。
だが、不安は隠せないようだ。
「オババに見つかったら大変だぞ」
「しばらくもどってこないさ」
オババは森の外の畑で草刈りをしている。それをちゃんと確めてから、オレたちは森に忍び込んだ。
はじめて侵入したのは去年だった。クロに追いかけられて必死に逃げだしたあとで、大倉は泣きべそをかいていた。あれから一年、もうクロに吠えられる心配はない。
「あーあ、運動靴が泥だらけだよ」
グチっぽい大倉にいらいらしていると、先頭をいく貫二が口笛を鳴らした。貫二の指さすほうを見ると、木々の間から家が見えた。
「お化け屋敷だな」
貫二がつぶやいた。
そう言われてみれば、たしかに八幡様のお祭りのお化け屋敷に雰囲気が似ている。くすんだ壁の色、ひび割れたガラス窓、破れた障子。いったいいつ建てられたのだろうか。オレたちが住んでいるのとはぜんぜん違う、古ぼけた家だった。
家の裏にまわると、積まれた薪や、干された手ぬぐいが見える。片隅にあるクロの犬小屋が、なんだかさみしげに傾いていた。
「こっちへいくぞ」
貫二が左手の奥へ向かった。
うっそうと繁る木々をかきわけながらすすんでいく。まるでジャングル探検だ。
「よーし、ここがクワガタの宝庫だ」
貫二は古い木のまえで立ち止まると、腰に手をあてて自慢げに宣言した。
「ほんとにクワガタなんているのかよ?」
大倉の疑問はオレも同じだった。
夏休みのあとで提出される昆虫採集標本のなかにはクワガタやカブトムシがある。だけどそれは田舎で採ってきたものか、スーパーとかデパートで買ってきたものがほとんどだ。
「まちがいない。サブおじさんがここでいっぱい採ったんだ」
「いつ?」
「二十年まえだよ」
「なんだよ。そんな昔かよ」
そのころは、うちのまわりも畑だらけだったと聞いている。昆虫もたくさんいたに違いない。でもいまは……。
「帰ろうよ」
大倉が、わざとらしくため息をついた。
そのとき、木の上から白いものが降ってきて大倉の頭に落ちた。
「鳥の糞だ」
オレが言うと同時に、大倉が悲鳴をあげて髪をはらった。
「ちくしょう、焼き鳥にしちゃうぞ」
指先についた白い液体を葉っぱになすりつけながら、大倉がわめき散らす。
見あげると鳥の姿はなく、密生する葉の間にぽっかりと青空が覗いていた。
「きれいだなあ」
オレが感心していると、
「登ろうぜ」
貫二が裸足になって木にしがみついた。
手で枝やこぶをつかみ、足で幹をはさみながら、見事に木を登っていく。
「ジャックと豆の木みたいだな」
そのまま雲をつきぬけて、天高く登っていきそうだった。
オレの横では、大倉が髪についた糞と格闘していた。
「絶対に焼き鳥にしてやる」
まだ興奮が冷めないようだ。
そのとき、
「しっ」
大きな枝にまたがった貫二が、人差し指を口にあてた。
「だいじょうぶ、オババは外だ」
オレの言葉にも、貫二は「しっ」という動作をくり返す。
「誰だ」
しゃがれた声が聞こえてくる。
「……オババだ」
貫二が枝から飛び降りた。
そして運動靴を拾うと、
「逃げろ」
ものすごい勢いで駆けだした。
オレもすぐあとにつづく。
「おい待ってくれよ」
頭の糞を気にしながら走る大倉が遅れた。
焦ったせいだろう、途中で根っこに足をとられて、派手に転んでいる。
貫二とオレは、竹の生垣の間をくぐりぬけて外にでた。
「はやくこい」
大倉のうしろにオババが迫ってきた。手に持った鎌をふりあげながら、
ものすごい形相だ。大倉も必死だが、オババの足は信じられないくらい速かった。
生垣にひっかかって泣きだしそうな大倉を引きずりだして、オレたちは夢中で走った。
「この悪ガキども、今度きたら承知しないよ」
オババの怒鳴る声が響く。
迫力あるそのだみ声は、どこまでもオレを追いかけてくるようだった。
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