第3話 ヨレヨレの帰国
飛行機が落ちたというニュースは、墜落後30分でポンペイの島中をかけめぐった。
私たちは一躍有名人になった。ぜんぜん、うれしくないけど。
レストランに行くと、お客は一斉に私たちを見る。そして、視線を離さない。ポンペイ在住の日本人からも、
たくさん話しかけられた。取材させてもらううちになかよしになった、カピンガマランギ部落のキンちゃんから、
手作りの魚の木彫りをお見舞いにもらってうれしかった。キンちゃんの本名はキンシロウという
(「遠山の金さん」の金四郎と聞いたときは冗談かと思った)。ポンペイでは年輩の男性に日本名を持つ人が多い。
第二次世界大戦中、ミクロネシア諸島は一時日本軍の支配下にあり、ポンペイも例外ではなかった。
日本名を持つ人は、たぶん、日本人が名付け親だそうだ。思いは複雑である。
飛行機は私たちが救出された数時間後に小さく爆発して、2日後に陸に引き上げられた。機内から、私のお財布とビーサンのかたっぽが見つかった。
肝心の墜落の原因は−耳を疑ったのだが−「燃料切れ」… バッ、バカヤロー!
飛行機が落ちてから、さまざまな人に囲まれて過ごした。空港でも大勢に見送られ、機内でシートベルトを着けたとき、やっとひとりになったことを自覚したのだ。ヤレヤレ。
ホッとしたのもつかの間、飛行機が離陸したとたん本物の恐怖がやってきた。
もしかして、あのとき私は一度死んだのかもしれない。あの事故の前と後では、世界が違って見える。南国の青い空や咲き乱れる花々を見ても、モノクロームに映ったもんなあ…。
アレコレ考えるうちに恐怖心がつのってパニックになりそうなので、とりあえず眠ることに。でも、目をつぶると闇になるのが怖い。
落ちた日の夜から、夫と私は夜になると、ひしと抱きあって眠っていた(というか、私が一方的にしがみついていたのだが…)。今夜はひとりで過ごさなければならない。それも、闇間を飛びながら…。
寒くもないのに毛布を体に巻きつけて、生きている自分の体を自分で抱きしめながら、一睡もできなかったのである。
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