第4話 ただいま、水槽の生き物たち
民宿のおばちゃんからもらった味つけ海苔のガラス瓶に海水と一緒にポチャンといれた。これが那覇空港の持ち込み手荷物の検査で引っかかった。
空港職員「中身はなんですか?」
夫「生きた貝です」(申告してしまうバカ正直モノ!)
空港職員「海水は機内持ち込み禁止です!」
夫「はあ…では、どうしましょうか」
空港職員「海水がこぼれると機体が腐食する恐れがあるので、お預かりもできません」
夫「はあ…そうですか」
業を煮やした私「じゃあ、この場でこの貝を海水ごと捨てて殺せとおっしゃるんですか!?」
夫は面倒なことに首を突っ込まないタイプ。ボーッと私と空港職員の丁々発止を眺めている(当事者なのに!)。
ひたすら食い下がった末、厳重にパッキングして、有料の貨物扱いならOKということになり、味つけ海苔の瓶はビニールの梱包材とガムテープでグルグル巻きにされて貨物コンテナに運ばれた。まったく…。こんなことなら、「座間味名産のアンボイナ酒」とでもごまかせばよかったのだ。
そんな経緯でわが家にやって来た当初、ただの貝だと思っていた。でも、水槽を所狭しと動きまわりさまざまなパフォーマンスを見せてくれるうちに、単なる被写体からわが家のペットへの昇格したのである。
でも、水温が下がったせいか、じっと動かないアン坊。
「寒いか? おー、よしよし。トーチャンが帰ったら、水槽にヒーターを入れてもらおうね」
事務所にしている部屋に入ったら、FAXから受信用紙がビラビラ…。
「小林さん、大丈夫ですか?」
「不死身のヤスマサへ。とりあえず無事でよかった」
「損害保険をたんと取れ!」
「お見舞い申し上げます。帰ったら連絡ください」
ううむう、みんな耳が早いなあ…と思いつつ、出発前にとっ散らかした部屋を片づける。
ふたりとも死んじゃっていたら、双方の両親が家に入ってあ然としただろうなあ。やばいよなあ。
キッチンの湯沸かしポットの脇に、小さなチャバネゴキブリが2匹身を寄せあっていた。急に寒くなったから、あったかい場所を求めたんだなあ…。なんだか、私たち夫婦みたい。ゴキブリ夫婦…ふっ。苦笑する。
夫は2年前、所属していた益田海洋プロダクションを辞めて、フリーランスになった。
その1年後、私も夫の後を追うように、6年間働いてきたダイビング指導団体を退職。
ダイビング指導団体は、クラブ活動のような楽しい職場だった。給料は激安だけど、好きな仕事ができた。イベントを立ち上げたり、マニュアル本をつくったり、仕事は充実して楽しかった。自分のペースで仕事が運べるので、長めの休暇をとって、ダイビングの旅にも出かけていた。
ところが、スキューバダイビングのブームに目をつけた大手の会社が参入して、あれよあれよと「普通の会社」になってしまった。
給料は上がったけれど、「普通の会社」に未練はなかった私は、フリーライターをしながら、夫のフォトライブラリーを管理することに。そして、水中撮影のときは、夫のアシスタントとして一緒に潜る。そんな生活をスタートさせたのだ。
ずっとこのまま、好きなことを仕事にして行きたい。それも夫婦で。ただ、気がつけば、どちらも30半ば。でも、敢えて「子どもはどうする?」と考えなかった。
少しでも遠く、少しでも深く、いろいろな海に潜りたいという欲望が先立って、夫も私も現実のアレコレをうやむやにしてきた。
飛行機墜落は、そのしっぺ返しのような出来事だった。
のろのろと片づけを終えてから、近所の外科に行った。
診断は頸椎捻挫。首を牽引してもらい、痛み止めと湿布薬をもらった。しばらく通院が必要とのこと。やれやれ…。
くもり空の下、運河にかかる橋を渡ってアパートに戻った私は、何をするでもなく、じっと水槽の生き物たちを見つめる。とりあえず、夫の帰国を待つしかないなあ…。
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