第7話

水槽生物及び夫婦にまつわる生態白書

文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅



 オットは世の中でいわれる水中写真家とは、ちょっと毛色が異なる。
  水中写真家の絶対条件は海に潜ること。ほとんどの水中写真家が、海に潜って被写体を追う。でも、オットの撮影は海の中にとどまらない。海の生き物の生態に迫るべく、水槽撮影も行う。
  オットは、昔、熱帯魚少年だった。熱帯魚で安価な幼魚を買ってきて、セッセと飼育して大きく育てていたという。でも、魚はやがて死んでしまう。そのことにむなしさを感じて、熱帯魚飼育をやめてしまった。何年か後、大学でアクアラングクラブに入部して、海で魚と再会した。今度は水槽ではなく、撮影という手段で魚とつきあうことにしたのが、水中写真家になるきっかけとなった。

 せまい水槽なら、簡単に撮影できそうだと思う人も多いはず。でも、水中撮影よりもかなり骨がおれるものだと、オットの撮影につき合って実感した。
  水槽撮影は、水槽のセッティングから始まる。まず、海から持ってきた、石、砂、海藻などを注意深く配置する。生き物が逃げ込むすきまをなくし、主役の生き物が舞台となる水槽の中央におさまるようにイメージしながらセットして、最後に海水を注ぎ入れる。これだけで半日以上つぶれる。

 水槽撮影の目的は、ただ生き物の姿を撮影するのではなく、生き物の暮らしぶりを記録すること。そのために、ひたすら水槽の生き物を見つめ続ける。何時間でも何日でも。
  これまで、水槽撮影はもっぱら伊豆の家でやってきた。でも、私のお腹がどんどんふくらんできて、出産、育児が現実味を帯びてきたころ、オットは東京のアパートで水槽撮影をすることにした。事情があって両方の実家とも頼れず、夫婦だけで育児することに決めたからである。

 水槽セッティングの第一条件は、水回りに近いこと。そうなると、キッチンということになる。キッチンは6畳ほどとかなり狭いがしかたない。これまでの観賞用の小さな水槽を撤退させ、撮影の舞台となる水槽と生き物の控え室となる水槽など合わせて4台と、カメラやストロボといった撮影機材をセット。仕事スペースを広げるために、ダイニングテーブルをやめて小さなテーブルにペタンと座ってごはんを食べるようにした。やればできるもんである。

 次は生き物の仕込みである。
  まず、水槽にお迎えしたのが、第4回で紹介したアンボイナガイのアン坊。
  貝は殻に閉じこもっているから、水槽で飼ってもあまりおもしろくないと思われがちだけど、これが意外とアクティブで興味深い。
  アン坊は魚を射るための強力な毒針を持っている。魚を見つけると、口をラッパのように広げて追い始めるも、動作が緩慢なので、すばしこい魚にスイッと逃げられてしまう。でも、アン坊は地道に、魚をどこまでもいつまでも追い続ける努力家だ。
  ほとんど一日中水槽の中で餌を追い回すアン坊を、これまた一日中じっとり見つめる人間の夫婦…尋常ではないかも。でも、あいにくと(?)、ニンプは時間がたっぷりある。
「ほら、もうちょっとだよ。がんばって!」なんて、不出来な子どもを叱咤激励するような、もはや母親の心境である。
  一方、オットにとって、アン坊は被写体である。お風呂のイスにデンと座って、カメラをかまえ、ひたすらシャッターチャンスを待つ。朝から晩まで待っても、捕食の瞬間は訪れない。そうなると、寝ずの番にもつれ込む。散々待って、いよいよ魚を射止める瞬間に遭遇しても、場所が水槽のすみっこというように、ベストショットではないことが多い。
  でも、それなりの収穫もある。
  貝の肛門ってどこだろう? 魚を食べるんだから、排泄物もあるわけである。それをどこから出すのだろう? その疑問が晴れる瞬間に遭遇した。
  例によってアン坊をジーッと見ていたら、口がふわっと開いて何かをペッと出した。よく見ると、魚の骨だった。なるほど! 巻き貝は口と肛門が一緒だったのである。

 オットの撮影につきあっているうちに、とうとう捕食シーンが観察できた。
  アン坊の毒針に射られた魚は身体がマヒして、やがて動かなくなる。すると、アン坊はうれしそうに(?)パオーンと口を広げ、魚を飲みこんでいく。魚をすべて飲みこんでしまうと、口を閉じておちょぼに。その顔だちが、なんともかわいいのであった。