第7話 水槽生物及び夫婦にまつわる生態白書
その次の役者は、キンチャクガニのキンちゃん(安易なネーミングである)。
恨みがましい目で見るツマを尻目に、これが最後と沖縄の座間味に潜りに行ったオットが、「おみやげだよ〜」とペットボトルに入れて持ち帰った。
キンちゃんは、両方のハサミでひとつずつイソギンチャクを持っていて、チアガールみたいだ。天敵の魚に襲われそうになったとき、両手のイソギンチャクを盾に使う。
でも、フィールドで実際にその場面を見たという話は聞かない。おそらく見たことがあるダイバーはいないのではないか。
そこで、水槽に連れてきて、どんなふうにイソギンチャクで攻防するのか確かめ、その様子を撮影する。とはいっても、水槽に入れた魚がシナリオ通り、キンちゃんを襲う可能性はかなり低い。実際にやってみたけれど、案の定、ダメ。…ううむ、どうしたものか。
そんなある日、近所でお祭りで縁日をひやかして歩いていたら、ガラス細工の屋台があった。そこで、小さなガラス製の魚を見つけたオットが「これだ!」。
さっそく買って帰り、プラスチックの棒の先に魚をボンドで貼りつけた。このようなチマチマした作業は、オットの得意とするところである。
オット作成の「偽りの魚」をキンちゃんに近づけると、キンちゃんはパッとイソギンチャクをあてた。やった!
オット「いいか、オレがハイっていったら、魚を近づけるんだぞ」
私「あい」
オット、カメラをかまえて、「ハイッ」
私「ほれっ」
パシャ、パシャ、パシャ(シャッター音)。
オット「今度は右手に…ハイッ」
私「ほいっ」
パシャ、パシャ、パシャ、パシャッ。
このように、すっかり観察モードに入った夫婦、よせばいいのにお腹の中の生き物に目をつけた。お腹の外からストロボあてたら、どんな反応をするのか…。
さすがにストロボじゃ強すぎるからと、懐中電灯をお腹に当ててみた。すると、ボコン、ボコン、ボコン。胎動なんてもんじゃない。ものすごい暴れようにたじたじ。
「いたっ、いたたた!」
赤ん坊が、内側からお腹を蹴りまくっていたようである。
一度で懲りたのだが、実はこれには後日談がある。
このときお腹の中にいた娘、物心ついたころからなぜか懐中電灯に異常に興味を示すように…。
おじいちゃん、おばあちゃんの家でも、懐中電灯を見つけると手にとって離さないのでそのままもらい受けて帰る。
帰宅後、ふとんを被って懐中電灯の明かりを灯し、じっとしている娘。
何してんの?と聞くと、
「こうしていると、なんだかホッとするの…」
オットと私は無言で目を合わして、心でつぶやき合う。
「あのときの…」
「…アレだよね」
これまで、水槽撮影はあくまでもサブで、海での撮影がメインだった。
でも、赤ん坊が生まれる前後の数カ月、オットはダイビングをあきらめて家で水槽に向きあった。じっくり腰を据えたこの時期に撮影した数々の生態写真が、後にオットの出世作となることは知るよしもない。
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