第10話 ターニングポイント
昔、熱帯魚少年だったとーちゃんは、生き物の飼育が得意である。でも、100%母乳で育てていたので、赤ん坊の飼育は指をくわえて見ているだけ。
最初のころのとーちゃんの役目は、入浴と湯冷ましを飲ませること。それだけのことでも創意工夫を怠らず進化させるのである。
湯冷ましは熱湯を冷ますと時間がかかるので、沸騰させたお湯を冷蔵庫で冷やしておいたものを熱湯と合わせ、すばやく適温にする手法をあみ出した(なんか、違う気が…根本が間違っている気がするのだが。OKなのかNGなのか今でも疑問)。

海の生き物を水槽に連れてきて、手始めにすることが餌付け。生き物の好物をアレコレと模索する。熱帯魚のフレーク餌を食べてくれればいいのだけど、なかなかそうはいかない。なかでも、南の海から海流にやって来るチョウチョウウオのチビには手を焼いた。フレークの餌をパラパラと入れても、ちょっとつつくだけで食べない。いろいろと試した結果、何匹かは新鮮なアサリをついばんでくれた。しかし、それすら食べない強情モノもいる。1センチに満たないチビが何も食べないでいると、たちまち弱る。しょうがないから、最終兵器(?)のブラインシュリンプに登場願う。ブラインシュリンプとは、小型の甲殻類で卵の状態で市販されている、いわば稚魚の離乳食のようなもの。昔流行ったシーモンキーといえば「ああ!」と分かるはず。これをふ化させて餌にするのだ。
チビの口元にスポイトでブラインシュリンプを放つと、喜んでパクパクと食べる。レロレロで瀕死の状態だったチョウチョウウオのチビはたちまち元気になって、どんどん大きくなっていく。


さて、人間のチビは生後4カ月から離乳食スタート。育児書には、初日に小さじ一杯の重湯から初めて日を追うごとにひとさじ、ふたさじと増やしていくと書いてある。
離乳食初日、赤ん坊にスプーンを差し出したらカプッとかぶりついた。
「おお、こいつは食いがいい!」
スプーン=おいしいものと、赤ん坊は即学習したもよう。
スプーンを目の前に差し出すと、パカッと口をあける。
つい、初日から10さじも与えてしまった。
とーちゃんはここからが我が出番!とばかり、赤ん坊の餌付けに夢中になった。
赤ん坊もパクパクと食べてずんずんでかくなり、お腹もポンポコリン。こりゃ、飼育の甲斐があるというものだ。また、とーちゃんと私の共通点は、「食いもんにいやしい」こと。娘は両親の血をしっかり受けついだようだ。
重湯からおかゆ、おかゆ+プラスおかず(白身魚とか野菜のすり下ろしとか)と離乳食が進むうちに、赤ん坊は腕や足までムチムチプリン。この時期の娘のコードネームが、コトニシキ(力士です)。
よく食うから発育も順調で、ハイハイの時期にはつかまり立ちを始めた。部屋がせまいのでハイハイするスペースがなかったのも一因だが。
やがて、テーブルをつたって水槽につかまり立ちをするようになり、これは危ないんじゃないかと、とーちゃんと私はハタと当惑。しかし、水槽自体がかなり重いので、しばらくは大丈夫という結論に達した。
赤ん坊は水槽がお気に入りのようで、ハッと気がつくと水槽にはりついている。
「血は争えないねえ、水槽がこんなに好きなんだねえ」なんて、ちょっと喜んでいたのだけど、まもなく真相が判明した。
赤ん坊は水槽につかまって、縁にこびりついた塩の結晶をレロレロと舐めていたのである。「血は争えない」ことに変わらない…。しかし、赤ん坊の食べ物は、ごく薄味が基本。水槽舐めて「塩分の摂りすぎ」なんてシャレにならない。
やむなく、水槽撤収。
せまいダイニングキッチンでくり広げられた海の生き物のドラマは、濃密に記録された。カメラのみならず、とーちゃんと私の脳内にもしっかりと。
振り返れば私にとって、水槽の生き物たちとの一年が、海への関わり方のターニングポイントなったのである。
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