第11話 初めての海

「はじめての海」に備えてまず考えたのが、早いうちから水に慣れておくこと。そこで、すぐに思い浮かぶのはベビースイミングである。ベビースイミングは月齢4〜5カ月から始められて、お母さんと赤ん坊が一緒にプールに入ってコーチの指導を受ける。
  マタニティスイミングはとっとと挫折したけれど、ベビースイミングはやってみたいなと思っていた。しかし、あんよもまだのチビを抱えてスイミングプールに通い、水着に着替えさせてプールに入って、シャワーを浴びさせて、また着替えさせて……。日ごろの育児に疲れたいた私は、考えただけでめげてしまった。
  ハア〜とため息をつく私を尻目に、とーちゃんは海教育を実践していた。
  場所は浴室(育児分担でとーちゃんが入浴担当)。お座りができるようになってから、ムスメの頭をシャンプーしてすすぐとき、浴槽のお湯をくんでザブザブと頭からかけちゃう。シャワーより強烈である。
「毎日、これをやれば、水を怖がらなくなるんだ」と、とーちゃん。
  そのおかげか、ムスメはどんなに水をかぶっても、ギャハハと笑ってへいちゃらな子に育っていった。

 ムスメがハイハイから伝い歩きのころ、最初の夏を迎えた。
  そして「はじめての海」シールを貼れたのは、7月初旬だった。
  この日のために、通販でゲットしたウエットスーツ仕様の水着を着せて、伊豆半島の海辺の波打ちぎわから少し離れた場所ににホイとムスメを解き放った。
「どんな反応をするか?」
  私はワクワクドキドキ。とーちゃんはカメラスタンバイ。
  その日は波がけっこう高めで、ザブンザブンと強くうち寄せていた。怖がるかなと思っていたら、なんと、ムスメは白く泡だつ水際に向かってハイハイしていくではないか!
「やったぜ!」
  感涙にむせぶ父と母。
「さすが、うちの子だ!」
  親ばか丸出し。今考えると赤面ものである。
  ザップーンと大きな波が打ち寄せ、ムスメの体があっという間に海水にひたった。
  強い引き波にハイハイの体勢が崩れかけたとき、ムスメを引き上げた。
  ムスメは泣くこともなく、キョトンとした顔をしていた。

 その日の夜ムスメが熱を出し、深夜、伊豆の家から車を走らせて東京のアパートへ戻る。翌朝、病院へ行ったら、かぜとのとこ(これも初かぜだ)。医師には海に入れたことを黙っていた…。



 後日、機会があるごとに子持ちダイバーに「初めての海はどうだった?」と聞いてみたら、みんながみんなわが子の初海自慢をするんである。
「すごいのよ! うちの子。海をぜんぜん怖がらないの。ジャブジャブ海の中に入っていっちゃうのよ」
  ……なんだ、うちだけじゃなかったんだ。
  赤ん坊は海にむかってハイハイする習性があるのか? よくよく考えてある結論に達した。赤ん坊は「コワイもの知らず」ということと、波打ちぎわは下り坂になっているからハイハイが加速するという事実。
  でも、「はじめての海」は感動的だった。
  遠い昔の何かを思いだしたように、母なる海にむかって一心にハイハイしていく赤ん坊。
  そう、人は海からやってきたのだから。