第12話

冬の海辺

文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅



 冬の魚といわれるアンコウ。
  いつもは水深100メートルの深い海で暮らしているので、ダイバーはめったにお目にかかれない。しかし、伊豆半島では冬から春にかけて、水深20mぐらいの砂底に現れることがある。それでも、ダイバーが出会える確率はとても低い。
  なぜ、寒い時期にアンコウが浅い場所に上がってくるのか、実はよくわからない。一節には産卵行動のためと言われているが、実際の目撃談がない。
−−魚の生態に関する「なぜ?」という疑問には、「魚に聞いてみないとわからない」というのが実際のところ。魚に限らず、自然界の生き物すべてにいえることかもしれない。

 とーちゃんは東伊豆をフィールドに30年以上魚の生態写真を撮り続けてきた。でも、すべてを網羅しているわけではない。まだまだ未知の魚が沢山いる。
  今でも、まだ撮ったことのない魚と遭遇する。そういうときは、海から上がってから機嫌がいい。
  新しい魚の写真ができてくると、とーちゃんはいそいそとルーペでのぞき込む。数冊の魚類図鑑と見比べながら、飽きることなくのぞき込んでいる。
「一匹増えたぜ…」というつぶやきや、「むふふふふふふ」という不気味な笑い声が洩れ聞こえる。まるで、危ない写真を鑑賞するマニアのようである。
  著者として魚の生態図鑑をつくるとき、すべてを自分の写真でまかなえればいいのだけど、まだ撮れていない魚は同業の写真家から借りて来ることになる。珍種といわれる魚ならまだしも、ポピュラーとされる魚がないのは相当くやしい。アンコウもそのうちの一枚であった。

 ムスメは二度目の冬を迎えるころには、危なげなく歩けるようになった。お出かけもかなり楽になった。そのころの呼び名は、“自走式赤ん坊”である。
  私は…というと、ライターの仕事は開店休業状態。とーちゃんの伊豆行きにしょっちゅう子連れで同行していた。

 浜辺は“自走式赤ん坊”にとってワンダーランド。さえぎるものがないし、車の危険もない。とーちゃんがアンコウ狙いで潜っているあいだ、寒さ対策のスキー用のオールインワンを娘に着せて海辺に放牧。私は羊飼いのペーターのように寝っ転がったり、ボケーッと海を見たりして過ごしていた。
  以前は海といえばダイビング。重いタンクを背負ったら、一刻も早く海の中に入りたい。セカセカと素通りしてきた波打ちぎわに、子持ちになった初めて向きあった。
  海辺には実にいろいろなものが流れ着いている。近くの海中で生きていたもの、遠くから海流に運ばれてきたもの、川が運んだ内陸のもの、人が捨てたり落としたりするもの…。どんな場所からやってきたのか、誰が使っていたものなのか、思いをはせるのが楽しい。

 浜辺の自然観察のひとつに「ビーチコウミング」がある。「コウミング」とは「櫛けずる」という意味で、櫛で髪をとかすように、浜辺に打ち上げられた漂着物を観察すること。今まで本で読むだけだったビーチコウミングに、のめり込んでいった。

 そんなある日思い立ったのが、一歳児のビーチコウミング。
“自走式赤ん坊”は、どんな観点でどんなものを拾うのだろう。
  さっそく浜辺に、お砂場バケツを持たせて解き放ってみた。
  どんなものを拾ったか。まず、プラスチック容器の赤いキャップ。一番目立ったものを手に取ったようだ。
  小さな流木が2、3切れ。これはなかなかアーティスティックで、ブローチにしたらステキかもしれない。
  そして、白いビニールのひも…。
  ビーチコウミングの定番である貝殻とかウニの殻とかには、一歳児は不思議と手をつけないのである。
「う〜む、色が地味だからかなあ…」と分析していたら、娘はまた何かを見つけたらしく、トコトコと歩いていってキラリと光る何かを拾った。よっぽどうれしいのか、その物体を振りまわして喜んでいる。
「なんだ、なんだ?」と近寄ってみたら、ダダ甘い香りが … ??
  ドッヒャー!。
  トイレの芳香剤のビンではないか! おまけにまだ液が残っているじゃないかっ! 
  こりゃっ、離しなさい! ポイポイしなさいってば。
  こぜりあう母娘に気がついて、「どした、どした〜」と近寄ってきたとーちゃんも思わず海老ぞる
「グワー、くっせー!」。
  自らに芳香剤をふりかけた一歳児。フローラルな匂いをムンムンと発散させている。
「アッコー」と手をのばし、抱っこをせがんでくるムスメに、思わず後ずさりする両親であった。