第13話

子連れで海へ

文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅



 伊豆半島では2月から3月にかけてが、もっとも水温が下がる。海中の透明度は増すものの、魚の気配が少なくなるのがこの時期だ。それでも浅瀬には幼魚の群(写真はハタンポ)がキラキラ光り、春の訪れが近いこと感じる。
  4月になると、今度は透明度がグンと落ちる。海中は海藻がユラユラと生い茂り、どよ〜んとにごっている。ダイバーのあいだでは「みそ汁」と呼ばれほどだ。それでも、海藻のあいだなどをよく見てみると、確実に大きくなっている幼魚の群が見つかる。

 春浅いある日、赤ん坊を連れて西伊豆まで足をのばした。とーちゃん未撮の魚・アンコウが大瀬崎に出現したと情報を得たからである。
  そのころの私は、海に潜らずとも海辺にいるだけで満足−−というより、不思議と潜る気がまったくしなかった。
  ダイビング機材をつけたとーちゃんが大魔神のように海にずんずん潜っていく姿を見送りダイビングサービスに戻ったら、3歳ぐらいの男の子を連れた夫婦がいた。

 私たちに気づいたお母さんがやってきて、
「ダイバーですか?」
「はあ、まあ、そうですが」
「子どもを預けっこして潜りませんか?」(せっぱ詰まった感じ)
「いえ、うちに子は人に預けるには小さすぎますし、ダイビングの用意もしてきていませんから」とあせって応えつつ、「子どもを見ていてあげましょうか」という言葉を飲みこむ。自分の子どもだけで精一杯で、人の子の面倒を見る余裕がなかったから。ちょっと後ろめたい気もしたけれど、しょうがない。

 ダイビングサービスのスタッフも「お子さんは、ちょっと預かれませんね」と弱気。
「そこをなんとかお願いします!」と夫婦も引き下がらない。すったもんだの末、ダイビングサービスの隣にある旅館のおかみさんが、子どもを見ていてくれることになった。

 旅館のおかみさん+3歳の男の子と、私+1歳のムスメで、波打ちぎわにいたら、さっきの夫婦がダイビング機材を装備して、ガイドと一緒にやってきた。男の子は、目の前のダイバーが自分のお父さんお母さんと気がつかない(無理もないか…)。
  お父さんはともかく、お母さんの顔が緊張で引きつっているのが気になった。
  ダイビングのブランクがかなりあいているのでは…。
  夫婦が潜った後、しばしの静寂が訪れた。この前(といっても2年前だけど)潜ったとき、砂場にいたクルマダイのチビがかわいかったなあ…。とーちゃんが上がってきたら、まだ元気でいるか聞いてみようかな。

 あれこれと思いをめぐらせていたら、目の前に突然夫婦が浮上してきてギョッ。
  あれれ? まだ15分ぐらいしかたっていないじゃない。もう上がるの!?
  お母さんはタンクが重いのか、波打ちぎわに四つんばいになったままなかなか立ち上がれない。おまけに顔面蒼白で、ブルブル震えている。そんなお母さんに、3歳の男の子は先ほどと同じように気がつかない。私はかける言葉を失った。
  後で聞いたところ、やはりお母さんは子どもができてからから初めて潜ったそうだ。
  家事、育児のストレスがたまっていたこともあって、「今日はなんとしても潜りたかったんです」と。
  私もあんな風になるのかな…なったらどうしようかな…。タコが墨を吐いたような気持ちが広がった。私だって、潜りたくなったら、いてもたってもいられなくなるに違いない。
そうなったらなったで、そのときに考えるしかないなあ…。
  でも、波打ちぎわで震えるお母さんの姿はいつまでも心に残った。