
第15話
海のテリトリー論
文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅
写真/小林安雅
トウシマコケギンポは、岩場の小さな穴に住んでいる。
人なつこいオバQ顔だけど、テリトリー意識が強く気性が荒い。侵入者がいないかどうか、いつもガンを飛ばしている。「文句あっか!」と言わんばかりである。
あるとき、トウシマコケギンポに虫歯発見ミラーを近づけてみたら、クワッと大口をあけて鏡の中の自分に噛みつこうとした。
こんな小さな魚でも、自然に生きる厳しさをあからさまに見せられるとたじろぐ。
海を愛するダイバーのテリトリー意識も強い。いや、ダイバーに限らず、現代を生きる人間のテリトリー意識は、かなり強いんじゃないかと思っている。

写真家は、文字通り写真が商売ネタである。
具体的には、雑誌、単行本、広告などに使う写真を貸し出して、その使用料が収入となる。うちの自宅件事務所には、編集者や広告代理店の人が写真を見るためによく出入りしている。海の写真を借りに来る人は、やはり海好きであることが多い。
娘が小さいころによくうちに写真を借りに来ていた広告マンで、海大好きのダイバーがいた。彼はいわゆるサラリーマン。休日は伊豆の海に熱心に通っているが、独身ではない。妻と赤ちゃんがいて、海行きのときは家で留守番をしているという。
「ひとりで海に出かけて、よく奥さんが文句をいいませんね」と聞いたら、
「僕にとって海とは、遊びや趣味以上のものなんです。人生といってもいいかもしれません。妻も理解してくれています」
ああ、そうなんですか(アイタタ)。
男のロマンってわけ? でもね、女にだってロマンがある。ただね、羞恥心がじゃまをして声を大にして言えないだけ。
…話が別の方向にそれてしまった。軌道修正しよう。
人々はロマンを求めて海へ行く。ダイバーもそう。私もそうだった。
仕事のストレスやちょっとした悩みを抱えていても、大きな海につつまれることでスッと楽になれる。海辺では現実を忘れて、ロマンにひたりたい。
一方、子どもはつねに現実を生きている。ところ選ばず、「お腹がすいた!」「おしっこ!」と欲望をあからさまに主張する。喜怒哀楽もキッパリしている。うれしかったら走り回るし、悲しかったらギャーと泣く。ロマンもへったくれもないんである。
このことを重々承知しながらも、子連れで海へ…。
ムスメが小さかった当時、子連れダイバーはマイノリティだった。それでも、とーちゃんの仕事がら、ダイビングポイントの海で子どもと遊んでいた。なるべくダイバーのテリトリーを犯さないよう気を使っていたらロマンと現実の板挟みになり、新手のストレスを抱えることになった。これじゃ、本末転倒である。
伊豆半島で新天地を求めることにした。
子どもとおとなも一緒に海を楽しめる条件は、
1.ダイバーのテリトリーでないこと。
2.海水浴場(砂浜)でないこと。
3.波が静かであること。
4.海の生き物が豊富であること。
5.地元の人がウエットスーツに寛大であること(アワビ、サザエ盗りに間違われることが多いので)。
6.近くに公衆トイレがあること。
7.駐車場が近いこと。
なんとまあ、わがままな条件。
しかし、さがしてみるもんである。あったのだ。すべての条件を満たす場所が!
南伊豆・下田の近くにある磯浜で、大小さまざまな形のタイドプールが点在している。タイドプールの中は波が打ち寄せず、子どもを泳がせるのに最適だ。
最初に訪れたときは9月だったこともあり、海水浴客はゼロ。
なぜか、ウエットスーツのおじさんたちが数人いて、みんな手に網を持っていた。
「何かとれるんですか?」
と聞いたら、小さく笑ってバケツのふたを開けてくれた。中にはチョウチョウウオの幼魚が数匹泳いでいた。
後で分かったことなのだが、アクアリストの間では磯で南の海から流れてくる幼魚を採取して飼育するマニアがいるそうだ。伊豆半島には幼魚マニアが集まるシークレットビーチがいくつかあって、この場所もそのひとつらしい。
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