第16話 泳ぐアメフラシ
海辺のわが家の食いっぷりを紹介しよう。
子どもと一緒に海へ行くときに、欠かすことができないのがお弁当だ。
そんなものは出たとこ勝負。コンビニで調達できるし海沿いの食堂だってある−−と軽く考えがちだけど、現実にはなかなかうまくいかない。
海へ行く途中コンビニに立ち寄ると、お弁当コーナーが空っぽのことがままある。仕入れ前だったり、サーファーに先を越されたり−−何が悲しくて、お昼ごはんにおせんべいをパリポリ…なんでこともあった。
ならば、海辺のファミレスへという手もあるが、潮まみれの体を洗い流して、乾いた服に
着替えて…となると、かなり面倒なのだ。
それで、海へ行くときは必ず弁当持参と決めた。
長年海行きのお弁当を作ってきて、海辺で食べておいしいものとそうでないものを見極めた。海弁当は“凝らない”のがポイントである。
まず、なんと言っても、海辺で食べるおにぎりがすごくおいしい。
一方でサンドイッチは今ひとつ…。
おかずでおいしいのが、甘い卵焼き、ウインナー炒め。
野菜サラダは絶対においしくない。それじゃ栄養のバランスが…なんていわれそうだけど、毎日じゃないし海行きだけなんだから、カタイことはいいっこなし。
サラダ代わりに、よくキュウリの即席漬けを作った。乱切りしたキュウリとほぐしたカツオ梅をビニール袋に入れてモミモミ。ビニールの口をしばって冷たい飲み物と一緒にクーラーバッグに入れておくと、お昼ごろにはおいしい漬け物になっている。
夏休みに子連れ家族合同で海遊びというとき、私はせっせとおにぎりを作る。炊飯器一台じゃなりなくて、鍋まで動員してご飯を炊いた。最盛期には、ひと夏で100個以上のおにぎりを握った。
一度、子どもたちのリクエストに応えて、カレーを作ったことがある。
炊いたご飯を炊飯器ごと、カレーを鍋ごと運び、カセットコンロでカレーをあたためた。
子どもたちは大喜びだったけれど、とーちゃんは食べなかった。
そういえば、とーちゃんはダイビングのときもカレーを食べない。
「潜っていて、カレーの匂いのあくびが出るのが嫌」だという。
そこまで聞いてハッと思い出した。
とーちゃんは学生時代から、ときにはアルバイトとして、ときにはスタッフとして、ずっと伊豆海洋公園に関わってきた。
周辺の海で海難事故があると伊豆海洋公園のスタッフにお呼びがかかり、とーちゃんもよく行方不明者の捜索を手伝った。溺者救助にかけては百戦錬磨だけど、その有様をを口に出すことはない。私も敢えて聞くことはなかった…。
娘が生まれる前、Sさんというダイバーの知りあいが伊豆海洋公園で亡くなった。
私は仕事で東京にいて、とーちゃんはたまたま同じ場所で潜っていた。昼過ぎに海から上がったとき、これから潜るSさんとすれ違って挨拶をかわしたそうである。
彼はその数十分後に海中で溺れて(原因は不明)、海から引き上げられた。
海洋公園のスタッフが心臓マッサージ、マウストゥマウス(口から息を吹き込む)をした。とーちゃんも加わった。…しかし、だめだった。
次の日、とーちゃんと私はSさんのお通夜へ向かう車中にいた。
私「Sさん、残念だったね…」
とーちゃん「今回はつらかった…」
私「うん」
とーちゃん「Sさんさあ…お昼にカレー食べてたんだよ…」
とーちゃんは口ベタである。
自分の海での経験を語ることがめったにない。
かいま見た死の淵、生き物たちのドラマ…海中でのエピソードを胸の奥底に沈めたとーちゃん、いや、小林安雅が撮る海の生き物たちがとても饒舌たるゆえんである。
なかなかお目にかかれないが、アメフラシの中に泳ぐタイプがいる。
ショウワアメフラシ。
ある日、駿河湾にある東海大学海洋科学博物館から、ショウワアメフラシが見つかったと連絡があった。漁港の中を変なものがたくさん泳いでいると、釣り人が網ですくい上げて持ち込んだそうだ。
海の生き物との出会いは一期一会。情報を得たら、即駆けつけることが鉄則だ。
昔、伊豆海洋公園で潜っていたダイバーが、「シーラカンスの幼魚を見つけた!」とダイビングセンターに駆け込んできた。
スタッフたちはダッシュでダイビング装備を身につけ、カメラや網を手にそのポイントに駆けつけた。そのダイバーが指さす岩陰をのぞくと、そこにいたのはタナバタウオ…なんてこともあった。

とーちゃんは鉄則通り、駿河湾にすっ飛んでいった。
そして、めでたくショウワアメフラシのスチール写真とビデオ動画をモノにした。
さっそく見せてもらうと、いつもポテッと磯にいる姿しか見たことがないアメフラシが、ふうわりと水中を泳いでいた。
なんだか、とーちゃんに似ていると思った。

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