第17話

たかがカニ、されどカニ

文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅






赤ん坊時代から海に連れ出していたムスメ、ハイハイからよちよち歩きのうちはよかったのだが、三歳を過ぎもっと自由に動けるようになるにつれ、目が離せなくなった。
まったく水を怖がらないのが裏目に出て、浮き輪なしでジャブジャブと海に入っていき背の立たない場所まで来て、
「あれ、なんで沈むんだろ? あっぷ、あれ? あっぷ、あっぷ」

私が気づいたとき、足は自転車こぎ、手をせわしくカエルのようにかいて、水面に見え隠れする顔が恐怖で引きつっていた。
サッと抱きあげると、ガバリとしがみついてきた。
「ゲエエ! しょっぱいよー」
海水を少し飲んでいた。
私は内心ドキドキだったけれど、敢えて平静を装い
「すごいね! 浮き輪なしでも少し泳げちゃったねー」とニッコリ笑顔を見せてあげた。
エーンと泣こうとしていたムスメは、「あは、あへ、あは」と泣き笑い顔になった。

子どもは大人の顔色に敏感だ。
これまでに数人、水が苦手だという人にあった。
その人たちは、「幼いころのトラウマが…」と口を揃えるのである。
私が推測するに、そのトラウマの原因は本人の怖い思いよりも、まわりの大人たちが怖い顔をしたことではないか…?
大人が海へ通うために子どもを海好きに仕立て上げるべく、私はあれこれと策を練っていたのであるけれど、この初溺れの対処(?)効果はバッチリだった。このあとすぐ、ムスメは三歳にして泳げるようになったのだから。それもプールじゃなくて海で。

ムスメにとって、海に入らない磯遊びも試練の連続だった。
広い場所に出ると子どもは条件反射で走る。ムスメも同様である。
「走るな!」と言っても、走る。
チョロチョロとコマネズミのように走り回る−−挙げ句、転んでヒーヒー泣く。
最初のうちは走るムスメを追いかけていたのだが、私の方が思いっきりすべって転んでから、やめた(その磯浜をわが家では「ヒーヒー海岸」と呼ぶように)。

磯で転ぶとダメージが大きい。岩でこすったり貝殻やフジツボで切ったりする。
ムスメは何度も何度も転んで、転んだ数だけヒーヒー泣いた末、ようやく磯で走ると痛い思いをすると学習。ジトッと磯の生き物を観察する親のそばに落ちつくようになった。ただ、子どもだから長時間は持たない。すぐに「もう、帰ろうよ〜」となってしまう。

ムスメを飽きさせないために、あれこれと遊びを考えた。
まず、カニ釣り。これは子どもむけの、ある「磯遊び」本に紹介されていた。
割り箸にタコ糸を結びつけて、もう片方にアタリメをぶら下げる。
本にカニ釣りのねらいは、岩のくぼみや割れ目に潜むイワガニとある。
なるほど、イワガニははさむ力が強いからね。

さっそく、岩の割れ目に糸をたらしてみた。
「………」
あたりは…ない。
ムスメ「カニ、釣れないねえ」
私「そおだねえ。ちょっとのぞいてごらん」
岩の奥をのぞき込んだムスメが叫んだ。
「カニ、いるよ! アタリメをはさんで食べてる!」
そおか、魚釣りと違ってあたりがないんだ。
あわてて糸を引くと、カニはあっさりと餌を離してしまった。
くそーっ、本腰を入れるぞ!