第18話

スノーケリング・ハイ!

文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅


水面を漂う浮きゴミや流れ藻は、ちょっと気持ち悪くてあまり近寄りたくない存在だ。
でも、よくよく見ると、さまざまな生き物たちが寄り集まっていることがわかる。


浮きゴミを間近で撮った写真をじっくり見ると、マスダイの幼魚4匹とイスズミの幼魚1匹がいた(わかるかな? わかった人には記念品進呈!−−ウソ)。
海に潜っているスキューバダイバーは、ダツやイワシの群れなど水面下を泳ぐ魚を見上げて確認する。でも、浮きゴミには、おそらく見向きもしない。

スキューバダイバーにとって、波打ち際はデンジャラスゾーンである。
重いタンクを背負っているので、そこで転ぶとかなりのダメージになる。
当時私がせっせと通っていた伊豆海洋公園は、とてもむずかしいポイントとされていた(今はすっかり整備されている)。ダイバーは岩の壁を伝って海に出入りするのだけど、強い波がくると足をすくわれて簡単に転がってしまう。

ダイビングのうまい・へたは、波打ち際で決まる。
どんなにすてきなウエットスーツを着ていても、最新機材を身につけていても、波打ち際で転んだままハイハイで海からあがれば、台無しなのだ。

私がダイビングにのめり込んでいた時代は、伊豆海洋公園でいかにかっこよくエントリー・エキジットを果たすかに心をくだいていた。
岩壁伝いに並ぶダイバーを尻目に、何にも頼らずにすっと海に入る。あがるときも、波に乗ってフワリと岸に寄りタイミングよく立ち上がってパッと岸にあがる。近くで転がるダイバーがいれば、さっと手をさしのべて助け起こす余裕すらある。
波打ち際で粋がっていた私。今思えば苦笑ものである。
そんなふうだったから、水深30cmにいる海の生き物なんて、とんと目に入らなかった。

ダイビングはある程度の体力とお金があって、ダイビング機材を使いこなす技術、知識を習得すれば、老若男女を問わず誰でも楽しめる。ただし、ダイビングはあくまでも海を楽しむ手段であって、目的にしないこと。

同じ時期にダイビングにのめり込んでいた知り合いは、上級コースにトライし続けて短期間でインストラクターになった。しかし、その後まもなく海から遠ざかってしまった。「横綱まで登りつめたら、後は引退しかないんだ」という言葉を残して…。

私も子どもができてから、スキューバダイビングから遠ざかった。
でも、海から引退しなかった。
スノーケリングで海に入るようになり、重いタンクが背中になくなってからは、“かっこよさ”の呪縛が解けてすごく自由になった。

波打ち際で波に揺られながら深い海では見たこともない魚に出会ったり、タイドプールにマスクとスノーケルだけつけてしゃがみこみ、じっくりと生き物ウオッチングを楽しんだりと、海の世界が広がったのである。