
第19話
「海中記」
文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅
写真/小林安雅
自然の中では、なるべく人工のモノを見たくない。
海でも同じことだけど、日本の海辺ではそれがままならない。
車で東京から仕事場がある東伊豆に向かうには、高速道路を早川という場所で降りてずっと海沿いの道を走る。堤防とテトラポッドに護岸された漁港から海沿いの有料道路を通って熱海に出ると、観光目的でつくられた人工ビーチが広がる。その後も海岸線ぎりぎりの道路を走っていく。
ある日ハッと気がついた。自然の海岸線がまったくないじゃないか!
海洋生物学を教える大学教授に、日本で自然のままの海岸線は、どのくらいあるのか聞いたところ、「島も含めて三割にも満たないのではないか」とのことだった。十数年前の話だから、今はもっと少ないはずだ。
オットは海の生き物を撮影するとき、背景に人工物が写り込まないよう苦心してきた。
でも、あるとき、それもまた不自然なことに気がついた。
例えば、テトラポッド。
海辺で見られる人工的産物の象徴というべき、コンクリートのかたまりである。でも、それが海中に沈むと、みるみるうちに自然にとけ込んでいく。海藻が生い茂り、さまざまな生き物たちの安住の場所となるのだ。そのことに気がついてからは、自然にとけ込んだ人工物にもカメラを向けるようになった。



子どもが生まれる以前のこと。
ある日、オットが一冊の本を買って帰ってきた。今森光彦の「昆虫記」。昆虫のさまざまな生態を紹介した写真絵本である。
オットは興奮気味に言った。
「これ! これなんだよ! これの海の生き物版をつくりたい」
それまでもオットはいくつかの本を出していたが、魚の図鑑や水中写真マニュアルなどすべてダイバー向けだった。一般に向けてどんな海の本が出せるか模索してきて、児童向けの写真絵本というジャンルを見いだした。
その後知り合いのつてで、オットは出版元の福音館に撮りためた写真を持って出向いた。でも、そのときの反応は今ひとつだった。当時のオットは、水中写真家として駆け出し。ダイバーの間では少し名前が知られる程度。だから、
「まあ、しょうがないよなあ…」
それから数年後(娘が二歳のとき)、突然電話が鳴った。福音館からだった。
「昆虫記の海版、小林さんで行くことになりました」
忘れかけていた声の主は、昆虫記の担当編集者だった。どういう経緯でオットに白羽の矢が当たったのかは、今でもわからない。でも、この電話が水中写真家としての転換期になった。
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