
第23話
イルカがきた!
文 /こばやしまさこ
写真/小林安雅
写真/小林安雅
海辺で過ごす私たち家族、さぞかし海の幸を堪能しているだろうとよく思われる。
でも、実際はその反対。子どもがいる食卓はウインナーとかハンバーグとか…。
魚も食べることは食べるけれど、アジやホッケの干物、サバの文化干し(生協御用達)、サケの切り身など、スーパーで普通に手に入るものばかり。
東京にいるときも伊豆にいるときも一家の食性はほとんど変わらないが、唯一の例外がある。
ジンタアジ(豆アジともいう)。

春の終わりごろに浅瀬をスノーケリングしていると、体長2〜3cmぐらいの小さなアジの群れを見つける。しめた!
海からあがってその足で、地元のスーパーへ。迷わず鮮魚部に直行すると、…… あった!さっき見たのと同じ、小さなアジがパックに詰まっている。値段も200〜300円とお手ごろだ。
ビニール袋に小麦粉と片栗粉を入れ、その中に買ってきたアジを投入し、口をふさいでシャカシャカとシェイク。油でからりと揚げて、レモンをしぼればできあがり。ハフハフと口に運ぶ。おいしくって、いくつでも食べられる。
ある日、F漁港近くで潜っていたとーちゃんが、バケツ一杯のアジを持ち帰った。
漁協の人がくれたとのこと。アジは15cmほどの中型で、ずいぶんやせていた。まず、塩焼きにしたのだけど、パサパサしてあまりおいしくない。でも、捨てるには忍びなくて、残りは油で揚げて南蛮漬けにした。
翌日、子連れでF漁港に行ったら、湾内の波打ち際にたくさんのアジが捨てられていた。水底にキラキラ輝くアジたちは、たぶん、昨日うちで食べたのと同じ仲間。豊漁だったけれど、商品価値がなかったようだ(事実、まずかったし)。
その年の秋のこと。
日曜日の午後、朝からF漁港に潜りに行っているとーちゃんを待ちながら、せっせと帰り支度を進めていた。夕食を食べてから車で東京に戻り娘は月曜から保育園−−という算段。
午後3時過ぎにとーちゃんが戻ってきて言った。
「港にイルカが入った!」
F漁港は昔イルカの追い込み漁が盛んだった。でも、保護運動が高まったことと、周辺がダイビングスポットとして解放されたこともあり、イルカ漁の話を聞かなくなっていた。
「おそらく、これが最後のイルカ漁になるかもしれないな」
とーちゃんのその一言で、東京に帰ることをやめた。
翌朝、保育園にお休みの電話を入れて、家族三人でF漁港に向かった。
私自身、実際にイルカ漁を見るのは初めてだったし、娘にもぜひ見せたかった。
F漁港に着くと、大型コンテナのトラックが何台も停まっていた。
全国の水族館から、イルカを買い付けに来ているとのことだった。
トラックの隙間をかいくぐって進むと、入り口を漁網でふさがれた港の湾内にイルカの背びれがたくさん見えた。その数、約200頭。
とーちゃんが、さっそく撮影を始める。
メインの大きな桟橋は、漁業組合の人々、水族館関係者が忙しく行き交っていたので、じゃまにならないよう、私とムスメは湾内にある古い小さな桟橋まで歩いていった。
桟橋には杖をついた老人がたたずんでいた。そして、私とムスメを見ると
「イルカじゃ、イルカじゃー!」
と、杖を振り回して叫んだ。
昔、たくさんのイルカを追い込んだであろうその老人は、血が騒いだに違いない。
「見なさい! 小さいのもいる。かわいいもんだ」
と杖でさした先には、母子のイルカが並んで泳いでいた。
どう応えていいやら、人の子を従えた母である私は曖昧に笑うしかない。
すぐそばのスロープには、ウエットスーツの女性が膝を抱えて座り込み、イルカの群れを見つめている。ダイビングに来て、偶然イルカ漁に遭遇したようだ。
大きな桟橋の方に戻ると、漁港にはちょっと場違いな雰囲気のコート姿の女性が、袋から出した菓子パンをかじりながら、漁協の人と水族館の人との会話にそれとなく耳を傾けている。つるんとした表情のない顔立ちが能面のようだ。たぶん、彼女は、どこかの保護団体の人…。
子どもたちの歓声があがった。地元の幼稚園や小学校の児童が見学に来たのだ。
幼稚園の先生が漁協のおじさんに
「水族館に行くイルカを選んだら、残ったイルカたちは放してあげるんですよね。そうですよね」
すがるようにたずねる先生に、漁協のおじさんは笑顔を崩さず、でも、ひと言も発しない。
ひとりの園児が、「バカだな、センセ。あとは食べるしかないさ」。
息を飲む先生。漁協のおじさん、笑顔のまま。
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